2017.6.30
平成23年11月11日6時
夕暮れ時がやってきた。
太陽が僕の顔を真っ赤に染めた。
「もう夕方か、どれだけここにいたんだ?」
太陽が僕の顔を真っ赤に染めた。
「もう夕方か、どれだけここにいたんだ?」
*
誰に尋ねるでもなく後藤英資は言葉を吐いた。しかし彼の言葉に答える人は誰もいない。周囲に人がいないからという訳ではない。現に彼の周りには子供たちや女学生 が頻繁に往来している。だけど、彼の吐いた言葉はあまりに弱々しかった。
それくらい、彼は心も身体も衰弱していた。
*
それくらい、彼は心も身体も衰弱していた。
*
「僕がずっとここにいても、困る人間はもういないか………」
僕はこの数日、デパート前にある噴水広場に頻繁に来ている。
ここは「 広場」というには申し訳程度のスペースで、そもそもデパートの本館と別館を繋ぐ通路の脇にある休憩所といった方がしっくりくるような場所だ。
僕はこの数日、デパート前にある噴水広場に頻繁に来ている。
ここは「 広場」というには申し訳程度のスペースで、そもそもデパートの本館と別館を繋ぐ通路の脇にある休憩所といった方がしっくりくるような場所だ。
でも僕は、この場所がとても気に入っている。
一 見、無造作に置いてあるガラスのテーブルが、その日の陽射しの加減で無数の表情を見せてくれる。また通路が吹き抜けになっているため、夏には夕立後の虹を特等席で眺めることもできるだろう。一番気に入っているのは無造作に置いてある椅子たちだ。一見シンプルだが、よく見ると実にセンスがいい。これをデザインしたデザイナーの名前を知りたい衝動に駆られるほどだ。ただ唯一 、惜しいのは吹きさらしのため、置いてあるそれらのオブジェが少し汚れてしまっているところだ。しかし、そうなることで自己主張の強さが少し軽減されて、今の僕にとっては、逆に心地よくそれらのオブジェを眺めることができた。
一 見、無造作に置いてあるガラスのテーブルが、その日の陽射しの加減で無数の表情を見せてくれる。また通路が吹き抜けになっているため、夏には夕立後の虹を特等席で眺めることもできるだろう。一番気に入っているのは無造作に置いてある椅子たちだ。一見シンプルだが、よく見ると実にセンスがいい。これをデザインしたデザイナーの名前を知りたい衝動に駆られるほどだ。ただ唯一 、惜しいのは吹きさらしのため、置いてあるそれらのオブジェが少し汚れてしまっているところだ。しかし、そうなることで自己主張の強さが少し軽減されて、今の僕にとっては、逆に心地よくそれらのオブジェを眺めることができた。
僕がこの広場の存在を知ったのは三年前だ。毎日、家から車で出勤する時に見ていた。
その頃は「ああ、こんなところに広場があるのか」と思う程度だった。なぜなら三年前の僕は仕事が忙しくてこの広場の存在を気にしている余裕なんてなかったから。
その頃は「ああ、こんなところに広場があるのか」と思う程度だった。なぜなら三年前の僕は仕事が忙しくてこの広場の存在を気にしている余裕なんてなかったから。
だけど、今は違う。
ベンチのペンキの剥がれ具合からどれくらい前に造られた物なのか思いを巡らせてみたり、噴水が吹き出すタイミングがとても考え抜かれて造られていることに感心したり。そんな他愛もないことに考えが及ぶほどに今の僕には時間があった。
ベンチのペンキの剥がれ具合からどれくらい前に造られた物なのか思いを巡らせてみたり、噴水が吹き出すタイミングがとても考え抜かれて造られていることに感心したり。そんな他愛もないことに考えが及ぶほどに今の僕には時間があった。
だが………僕には金がなかった
自慢じゃないが「ない」とかいうレベルの話ではない。まったくないのだ。しかし「ある」ものもある。借金だ。それも三〇〇〇万円もの借金だ。
僕がベンチのペンキの剥がれ具合や噴水の仕組みについて一日中考えを巡らせるのは自分の置かれている現実からほんのわずかでも離れていたかったからだ。今、僕にできることはそれくらいだろう。いや、正確に言うと、僕ができることはそれくらいだと思いたかった。
「暗くなってきたな。帰ろうかな」
僕はそう言いながらも立ち上がれなかった。帰ったところで僕のやることは誰もいない安アパートの一室で寝ることだ。そのアパートにいられる日数もあと一週間を切ってしまったが……。
しかし僕は、ここよりはまだ暖かいはずの場所に戻ることをためらっていた。
もし、家に帰れば本当にひとりになってしまう。僕はとにかくこのベンチに座り続ける理由を探し続けた。
「帰ろうか… 帰りたくない… 帰ろうか… いや帰りたくない」
ベンチで深刻な顔をして独り言を眩いている男に、通り過ぎる皆が一様に怪訪な視線を投げてくるが、見返すと誰もが顔を背け足早に去っていった。
僕はそう言いながらも立ち上がれなかった。帰ったところで僕のやることは誰もいない安アパートの一室で寝ることだ。そのアパートにいられる日数もあと一週間を切ってしまったが……。
しかし僕は、ここよりはまだ暖かいはずの場所に戻ることをためらっていた。
もし、家に帰れば本当にひとりになってしまう。僕はとにかくこのベンチに座り続ける理由を探し続けた。
「帰ろうか… 帰りたくない… 帰ろうか… いや帰りたくない」
ベンチで深刻な顔をして独り言を眩いている男に、通り過ぎる皆が一様に怪訪な視線を投げてくるが、見返すと誰もが顔を背け足早に去っていった。