2019.3.15
この作品、何が描かれていますか?
作品と同じ光景を、実物で作ってください・・・といわれたらどんな風に並べますか?
作品と同じ光景を、実物で作ってください・・・といわれたらどんな風に並べますか?
今月の作品は・・・
さて今月は早速お題の作品について。
これは《エスプリ・ヌーヴォー館の静物》シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ1924年の作品です。といわれても、ジャンヌレって誰?・・・という人、では、建築家ル・コルビュジエといえば聞いた事があるのではないでしょうか? 2016年にはその建築作品群が世界文化遺産に登録された「近代建築の巨匠」。シャルル=エドゥアール・ジャンヌレとは、ル・コルビュジエの本名なのです。
彼はル・コルビュジエを名乗る前、本名のジャンヌレ名で、画家としても活動をしていました。時は1918年。第1次世界大戦も終了し、さあ世の中どんどん機械化・工業化しよう、という時代。
“近代産業が生みだす造形物の美しさが科学の法則に基づいているように、芸術の美にも同じような普遍的規則があるはずだ・・・”彼は、相棒の画家オザンファンと「ピュリスム(純粋主義)」を提唱し、幾何学や比例など数学的「規則」を駆使した数々の作品を制作します。モチーフは主に、“機能性の洗練の結果”である日用品。感覚(色彩)よりも理性(形態)、想像力よりも規則、普遍性、秩序・・・
・・・うーん、工芸作品や紙面レイアウトならともかく、絵画ですよ。絵画作品といえば、“数値にできないどろどろとした心の内をおもうまま表現”というイメージに浸かっていた(且つ数学は中学で放棄した)私にとっては、真逆からと思えるアプローチ。“カンバスの反対側から理系の人たちが迫ってきた!”感じです。
実際、初期のピュリスム作品はかなり厳密な規則にのっとって構成されていて、 “このグラス、少し明るい色のほうが気持ちよくない?”などと言ったら怒られそう・・・
でも考えてみれば、どんな絵画作品も「今見ている(心の中に浮かんでいる)立体世界をどのように平面上に表現するか」という課題に対する、画家の試行錯誤の結晶。画家たちは常に、なにを、どのように、のベストを追求して切磋琢磨しているわけです。
ピュリスムは「どのように」を重視した、試行錯誤のひとつの結晶。「どのように」が物理的に少しでも狂ったら崩れ落ちてしまう建築という芸術作品・・・建築の巨匠ル・コルビュジエという未来から照らしてみると、なるほど!の道のりですね。
ピュリスムは「どのように」を重視した、試行錯誤のひとつの結晶。「どのように」が物理的に少しでも狂ったら崩れ落ちてしまう建築という芸術作品・・・建築の巨匠ル・コルビュジエという未来から照らしてみると、なるほど!の道のりですね。
その後ジャンヌレの作品も、さまざまな切磋琢磨を経て変化をします。
この《エスプリ・ヌーヴォー館の静物》は、ピュリスム後期の作品(「エスプリ・ヌーヴォー館」は1925年、パリ国際装飾芸術博覧会で、都市や住まいなど近代工業の美学、ピュリスム理念の集大成としてつくられたパヴィリオン。作品はその壁を飾った一枚です。)
この《エスプリ・ヌーヴォー館の静物》は、ピュリスム後期の作品(「エスプリ・ヌーヴォー館」は1925年、パリ国際装飾芸術博覧会で、都市や住まいなど近代工業の美学、ピュリスム理念の集大成としてつくられたパヴィリオン。作品はその壁を飾った一枚です。)
モチーフは、初期と変わらず日用品。
この瓶、グラス・・・透明に重なりあい、どちらが前か後ろか一見ではよくわからないのに、「あ、瓶だ」と気付いた瞬間、それらが自分でぐっと前に出てくるような、意思のある物のような感じ、しませんか?またピュリスム初期には、「主要な色階」として定められ、形態や表現に影響しない一定範囲だった色彩も、かなり自由にやわらかく、眼にここちよい・・・どこか規則のかたくなさから放たれた印象。