2017年12月20日 更新

〈中西元男〉デザインの力で経営革新を推進する 〜経営とデザインを結びつけた中西元男の軌跡

40年以上前に日本にCI発想を起こしたPAOSグループ代表/CI戦略コンサルタントである中西元男さん。経営者のパートナーとしてデザインと経営を関連づけて、100社を超える企業のCIに関わってきた方です。日本企業のブランド資産の基盤を、ゼロから創造してきたといっても過言ではないこれまでの軌跡についてお話をお聞きしました。

中西
「21世紀は人間の時代」と言われますが、「人間力とは何か」というと、それは体力、知力、それからもう一つ、感性力があるのです。意外とこの「感性力」は、経営者も経営学者も気がついていないところだと思います。しかし、これが全部揃って、「人間力」です。
デザインが経営に役立つというところの説明では、これは知力や体力以外に、やはり感性力ということになります。この感性力をベースにして経営変革や企業の総合力を身に付けていくということです。イメージ発信力が成果を生む。そうなると、企業としては、感覚訴求とか感性訴求といったことが感動的な経営環境を作りあげることになり、それが将来的な企業の発展につながっていきます。

神原
この「人間力」のうち、企業が今まで落としてきたものが、感性力なんですね。
中西
CIブームになって、バブルがはじけて、その頃から「CIは終わりだ。ブランドの時代だ」と言い出しましたが、やっている中身は同じことか、もう少しスケールダウンしたようなこと。
「アイデンティティをきちんと確立したい」「将来に向けての指針を持ちたい」といった相談をしてきている企業に対してきちんと応えていくプロフェッショナルがもっとあるべきです。

神原
そういった想いが、現在注力されているSTRAMD(ストラムド)につながるわけですね。

中西
実は5年前に大事故に遭い、それを機に人生観が変わりました。STRAMD(ストラムド)という、経営戦略デザインに関する人材育成講座を始めたのもそのためで、なるべく、自分にしか出来ないことを選んでやろうと考えています。

独自の企業経営モデルを確立し、独自の存在価値を持つ国に

神原
企業が国際競争の中で、自分たちがその存在意義を確認して、自分達が継続していけるには、経営が語れるデザイナーや、「感性力」の重要性に気付いた経営者が必要ですね。

中西
今後の国際競争においては、量的戦いは、どう考えても中国やインドにはかなわない。今、日本はGDPで第3位になってしまったとか騒いでいるけれども、これはもっと下がる可能性が高い。しかしさらにその下のデンマークやスイスが、国際的に存在価値がないかというと、立派にリスペクトされた存在です。日本がそのようになっていくためにはどうしたら良いか?それは文化度や美意識の高い国として、存在を認められるようになっていかないといけない。独自の国のあり方や企業経営モデルを確立し、固有の存在価値を持つ国にはなるべきです。
今の日本企業は目先のことしかしていないという感じがします。目の前のことをブームにして、お金にする。理念づくりといったことは面倒なのでやらない。本当は、会社の在り方をまず考えないといけないのです。ベネッセの指針を考えたのは1980年ですから30年以上も前です。30年かけて今のようになる訳で、そのようなことが本当に重要なのです。
その意味で、知的・美的ストックはほんとうに重要です。フローにはすぐ目がいくけれども、価値の定量化出来ないストックについてはなおざりにされている。そのようなこの国の傾向を変えないと、リスペクトされる存在になるのは甚だ難しいと言わざるをえません。

30歳の頃〜PAOSの起業から「DECOMAS-経営戦略としてのデザイン統合」の出版まで

神原
この連載の読者は20歳~40歳が多いのですが、30歳の頃についてお話しいただけますでしょうか。

中西
私は30歳のときにPAOSを起業しました。それまでは個人事務所だったのですが、確定申告の際に税務署からアドバイスされて、株式会社にしました。「飲み代にものすごくお金がかかっている。これはきちんと会計士、税理士をつけてやれば、交際費で300万円まで落とせますよ」と言われたのですが、交際費で落とせるということ自体、それまで知りませんでした(笑)。
最初は、私の個人事務所ということで始め、会社を潰さないようにするにはどうしたら良いかということで、「月々の変動相場制給与」にしました。したがって、100時間働いて2万円ということもあれば、次の月には200時間働いているのに2万円にしかならないということもある。このようにすれば、会社は絶対潰れない。そして最後に余った分をボーナスで分けたり、設備投資に回したり、さらに余裕がありそうなら、皆で議論するための飲み代に(笑)。

神原
大変楽しそうですね。怖いものなし、という感じだったのでしょうか?

中西
確かに、不安などは無かったです。だめならそのときは就職すればいいかと。元々研究サークルからのスタートでしたから、1971年暮れに「DECOMAS-経営戦略としてのデザイン統合」を出版して、1972年2月に残った従業員14人で、売上げが9万円、そのうち6万円が私の講演料、これが最低のときです。その頃、父からお金を借りていましたが、借金が1,000万円を超えたら事務所を閉じるつもりでした。それが何と、996万円で止まったのです。その時にマツダと契約を締結でき、それからセキスイハイム、そしてダイエー・・・と売り上げがうなぎ昇りになっていったのです。私達の会社は、先生なし、コネなし、金もなしからスタートでしたので、あまりお世話になっているところもなく、それで結果的には自主性を持ってやっていくことができたのだと思います。

神原
中西さんがこれまでしてきた、経営者や社員もあまり考えたり気付いたりしていない、目に見えない資産をビジュアル化して、売上げや企業価値の向上につなげていった実績は、日本経済へも大きな貢献だったのではないでしょうか。
今日はインタビューというより、経営のコンサルティングのご指導をいただいたような印象です。貴重なお話をご披露いただき、ありがとうございました。

(本記事は、2012年05月12日にファイナンシャルマガジンに掲載されたものを再掲載しています)

中西 元男さん 株式会社PAOS代表

神戸生まれ。桑沢デザイン研究所を経て、早稲田大学第一文学部美術専修卒業、同大学院芸術学中退。在学中に浜口隆一氏とわが国最初の経営戦略デザイン書「デザイン・ポリシー/企業イメージの形成」を共著。経営者に理解されるデザイン理論の確立とデザイン手法の開発をテーマに研究と実戦を重ね、1968年 株式会社PAOS設立。約100社のCI・ブランド&事業戦略デザインなどを手掛る。1998年 株式会社中西元男事務所を設立。2004~2008年3月 早稲田大学戦略デザイン研究所客員教授。2010年4月~ ニュービジネススクール「STRAMD(戦略経営デザイン人材育成講座)」主宰。
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