2017年12月7日 更新

「完成するまでは本当に試行錯誤の連続だった」第11章[第21話]

元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。"ファイナンシャルアカデミー代表"泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。

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2017.11.24
平成23年11月11日21時
 その商品の名前を老人に伝えたとき、誇らしさと同時にほろ苦さが僕を襲った。
 時間が遅くなり、あたりの人影はまばらになってきていた。電飾の明かりはまだ輝いていたが、帰宅時間のピークは過ぎ、酔っぱらったサラリーマンや飲み会帰りの学生たちが近くで歓声を上げていた。
 サラリーマンとして生きていた自分は、今の僕が抱えているような悩みとは無縁だった。仕事は退屈でつまらなかったけれど、安定した収入を得ていた。家に帰れば、妻や娘もいたし、気の休まる瞬間もあった。家族の為に頑張っていることが唯一の誇れることだった。
「どうしたんだい?」
 老人が僕の心の澱みをかき混ぜるように、明るい声で言った。
「クリームおにぎりなら知ってるさ!」
「……それは、よかった」
「そこいらのコンビニエンスストアでちょっと前まで売ってたじゃないか。あれを最初に作ったの君らだったのか」
「はい、そうです……。といっても、もう手元にはそれを証明するものは何も残っていませんが、はは」
 クリームおにぎりの名前を知っていてくれて、正直嬉しかった。あれは苦心の末にできた最高のメニューだったからだ。
「葉山には本当に感謝しています。あれは葉山のお手柄でしたから」
「そんなヒット商品に恵まれたのに、どうして?」
 老人の疑間はもっともだ。
  *
 葉山の開発したクリームおにぎりは、クリームといっても甘くない。沢山の高級魚のすり身をベストな配合で混ぜ合わせて、独自開発したオリジナルクリームに食感を楽しむために少し野菜を混ぜて、なおかつ、味も濃すぎず薄すぎず、低カロリー。完成するまでは本当に試行錯誤の連続だったと思います。
 米もクリーム状の具材に合わせて、特殊な炊き方をしていました。
「ありがとう、葉山。君のおかげで、新しくお店を出すことが楽しみになったよ。むしろ、ワクワクする気持ちが強くなった。このクリームおにぎりを、ぜひ、僕らの店の名物にしよう!」
 ずっとメニューのことで悩んでいた葉山は、それを聞くとすごく嬉しそうでした。この商品ができたときは、三人そろって大喜びでした。
「よし、これでおにぎり革命を起こすぞ!」と三人で息巻いたのを覚えています。
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 これでメニューは万全ということで、僕らは本格的に物件探しに入りました。ただ事前にリサーチを重ねていたので、物件については多少の目星をつけていました。希望は、ターミナル駅構内のコンコースでしたが、そこはやはり家賃が高くて手が出ません。なので、比較的大きな駅の近くの路面店に絞って、探しました。バタバタはしましたが、都心から少し離れた郊外M駅前の路面店がほぼ希望通りの物件で、なおかつタイミング良く空きもあったので、運良く入ることができました。
 賃料は月三十五万円。陳列ケースを置くスペースもあり、割と広めな厨房設備も整っていて、良い物件でした。そこで、とりあえず、初月の売り上げ目標を百万円に設定しました。百万円を売り上げるためには、二五〇円のおにぎりを四〇〇〇個以上売らなければいけません。つまり一日一三三個以上。営業時間が朝の八時から夜の八時までだとして、一時間につき、一一個です。これなら無理な目標でもない、きっといけると考えました。
 でも、これはコストの分を考えると少し赤字が出ます。ですが、初月はそれも仕方ないと考えていました。原価率は、三五%に抑えていましたが、これは平均値です。クリームおにぎりはやや原価率オーバー気味の四〇%ほど。最初は、クリームおにぎりを客寄せにして、梅や鮭など原価の低い商品が一緒に売れるといいと考えていました。
 僕らは店の名前を「米角」にしました。米を三角に握るから“べいかく”。老舗っぽい名前なのに、クリームおにぎりのような革新的な商品も売り出す企業というイメージになるように願いを込めました。
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