〈杉村太蔵〉夢をも越える自分になるために必要なこと

インタビュー

「お金とは、やっかいなものである。(杉村太蔵)」

派遣社員から26歳にして衆議院議員に。稀に見るシンデレラストーリーで国会議員にまで登りつめた男は、単なるラッキーボーイだったのだろうか? 実はそこには、人生の大いなる夢を自らの力で手繰り寄せるような確固たる信念があった。

清掃員から政治家への道のり

大学に2年留年した後、単位が足らず卒業できないことが判明。慌てて派遣会社に登録して見つけたのが国会近くのオフィスビルで清掃などをする仕事。朝から晩までひたすら便器を磨いていると運命の出来事が……。いつものようにトイレ掃除をしていると外資系証券会社の外国人ビジネスマンが声をかけてきた。「きみは若いし、将来必ず出世する。1週間後にウチの会社の試験があるから受けてみなさい」と。そして夢にも見なかった外資系証券会社の一員に。

さらに幸運はそれだけではなかった。彼に言われ選挙の動向について調べているとき、偶然、自由民主党のホームページで衆議院議員選挙の候補者を公募していることを発見。軽い気持ちで応募したところ、自由民主党から声がかかり、あれよあれよという間に国会議員への階段を上り詰めた。

誰もが羨むシンデレラストーリー。思いもよらぬ人生の転機はいかにして訪れるのだろうか。杉村はこう振り返る。

「何が転機になるかというのは、なかなか難しいですよね、本当に。ひとつ言えるのは、今、この目の前の仕事に全力を尽くす。そのことがとても重要だなと思います」。

そう。杉村はただなんとなく生きていたわけではない。そこには杉村太蔵ならではの信念があった。清掃員の時には嫌々仕事をするのではなく、いかにして目の前の便器をピカピカにするのかを突き詰めた。そして、どうしたらもっと働く人たちの役に立てるのかを考えた。トイレでグレンと挨拶する度に「舐められるぐらい便器をピカピカにしておきました!」とユーモアで返し、彼が手を洗い終わったらペーパータオルをサッと差し出した。この細かな言動のひとつひとつが、後の異例の抜擢へと繋がったのだ。

証券会社社員になった後も、最初に言われた“電話は5秒以内に出ろ“という教えを忠実に守っていた杉村。衆議院議員の候補者に応募したとき、自由民主党からの電話にも5秒で出た。そして「こちらへ来ることはできますか?」と言われ「5分で行きます!」と即答。どんなときでも即行動を心がけていた結果、奇跡とも言えるチャンスを手にすることができた。

杉村は言う。「『棚からぼたもち』は僕のためにあるような言葉と言いましたが、こうは考えられないでしょうか。ぼたもちが落ちてきたとき、僕は棚の下にいた、と」。

偶然は、ただの偶然ではない。偶然を必然に変える確固たる理由がある。

夢を追うことが良いこととは限らない

世の中をあっと言わせた政治家・杉村太蔵。これは昔から思い描いてきた道なのだろうか?

「小学校の頃はプロテニスプレイヤーになりたかった。中学校の頃は宇宙飛行士になりたかった。高校のときは体育の教員になりたくて、大学のときには弁護士になりたかった。それが結果的に政治家になって、そして今のポジションに……。実は私は何1つ夢を叶えていないんですよ。」

今の人生は、子どもの頃からの夢に向かって努力し続けて掴んだものではない。実はそれがとても重要なことだと言う。

「社会人になってからは、夢や目標を持つよりも目の前にあることに全力で尽くした方が自分の可能性が広がる。自分で描けるぐらいの夢なんて大したものじゃない。自分では想像できないような素晴らしい未来が待っているかもしれないのに、夢だと信じて自分の可能性を限定してしまうのは本当にもったいないことです」。

さらに杉村は、夢や目標を持つことはリスクでもあると言う。

「夢や目標は大切なことである一方で、大変なリスクだと思います。本当にあなたの人生にとって、その夢や目標は正しいんですか、と。あなたが思い描いているその夢は、あなたの人生にとって本当に正しい夢なのか。それは誰にもわかりません。私も人生で一度もバラエティ番組に出たいなんて思ったことがありません。でも今、番組にお招きいただいて、そこでギャラをいただけるようになった。思いもよらぬ形で自分の価値が生まれたわけです」。

自分の才能を自分が一番よくわかっているわけではない。自分の夢はこれだと決めつけてしまっては予想を超えたゴールに辿り着くことはできない。

「『太蔵さん、この先どうする?』『また選挙出るんですか?』と聞かれることがあるんです。私はいつもこう答えるんです。『先々のことは一切考えていません!』と(笑)」

前向きに生きる原動力は?

何事に対しても常に前向き。杉村太蔵を突き動かしているものとは?

「大学を中退したことは強烈なコンプレックスになっています。でも、その20代前半の大きな挫折が常に自分を駆り立てていますね。ヤバい、二度とこういう失敗をしてはいけない。がむしゃらに頑張らなきゃいけないんだと。そのことをプラスの力に転換できたのが、僕としてはよかったなと思います」。

かつて経験した大きな失敗がひとつの原動力に。そしてもうひとつ前向きに生きるための考え方がある。

「自分には何もないと思っているので、常にどこか危機感があります。だから高い目標を掲げることはしません。食べていければいいと思っています。とにかく自分が生活して家族を養う。ここに主眼を置いています。だから、周りが何を言おうが全くもって関係ないわけです」。

今のポジションに固執すると、人生、守りに入ってしまう。元々何もないという、いい意味での“開き直り”が常に前を向く強さを生んでいる。

「うまく行っている人は僕の話なんて聞く必要ありません。ただ、高校を中退したとか、若気の至りで過去に問題を起こしてしまったとか、家族のことでもめているとか、何か問題を抱えている方には、それでも目の前のことを一生懸命やれば、何か道が開けるものだと伝えたいですね」。

自分をアップデートしていく

「夢や目標を持たなくていいと言っていますが、向上心は重要ですよ。物の価格は需要と供給で決まります。品質がどんどんよくなれば、値段が上がります。だから自分自身も同じで常にアップデートしていかなければなりません。価格を維持しようとすると、大概の商品の価格は下落していきます。この商品に何を加えたら、今5万円で売っているものが5万5,000円で売れるようになるだろうかと。これを考えるのが、もう一方で重要ですよね。」

1円でも高く売れるように、自分に付加価値をつけアップデートしていくことが大切。そんな杉村が今、自らをアップデートするためにやっていることが……。

「37歳でもう一回勉強しようと昨年の4月から慶應義塾大学大学院の博士課程に在籍しています。かつて大学教育で大きな失敗をしたこともあるのかもしれません。清掃員から衆議院議員になり今はテレビの世界で生きている。この人生に誇りを持っていますし非常に満足しています。でもここで止まってはダメだろうと思い、勉強することにしました」。

現状維持ではいずれ後退してしまう。大学時代、強烈な失敗をした杉村は、自らをアップデートすべく、37歳にして大学で学び直すという大いなる挑戦を続けている。

杉村太蔵にとってお金とは…

自らをアップデートし続ける杉村太蔵。持ち物などに関しても投資を惜しまないのだろうか?

「このスーツ、2万9,000円ですよ。ベルトは、もう8年ぐらい使っています、ほら、ボロボロ(笑)。セーターも1997年12月から20年も着ているものがあります。そういう男ですよ、僕は。余計なものには一切お金をかけません。財布も持っていませんから。クレジットカードとケータイの電子マネーだけ。お札にカードを挟んで持っています。私の会社の経費はカードか電子マネーで使ったもの以外は申告しません」。

見た目の投資にもお金をかけるかと思いきや、余計なものには一切お金を使わない主義。そしてお金に関してもうひとつ、長年の間守り続けている信念がある。

「もう1つ大事なのは、違法行為をしないこと。自己コンプライアンスというのはものすごく意識します。私はいろいろお騒がせしてきましたが、お金の問題でどうこうなったことは一度もなくないですか? これだけ投資をやっている、これこれをやっていると言っても、お金のことで後ろ指さされることは一回もありません。当たり前のことをきっちり日々積み重ねていくという基礎の部分は、すごく大事にしますね」。

清掃員から政治家に。今では投資家として数億円の資産を持つ杉村太蔵。彼にとってお金とは?

「お金とは、愛してやまないものである。それ以上いいようがないですね(笑)。お金はあればあるだけいい。本当に人間の欲望を刺激します。例えば、年収300万円の人から見た年収500万円の姿はすごく憧れますよね。でも年収500万円の人は年収1,000万円の世界に、年収1,000万円の人は年収2,000万円の世界に、年収2,000万円の人は年収5,000万円の……とどこまで行ってもキリがありません。どこかで諦める力を持っていないと本当に苦しみます」。

上を見たら終わりのない世界。杉村はお金のもうひとつの側面についてこう語る。

「でもよくよく考えると、お金は、とにかくやっかいなものです。だから私は自分の基準を決めています。証券会社時代の年収500〜600万円。残業代含め、手取りで月収50万円くらい。これを一つのラインにして、それを上回ったら良かったなぁと思うようにしています」。

キリがないからこそ自分の基準を持つことで指標ができる。また下を見ることも忘れないという。

「常に僕は完全にゼロになったということをいつも想像しています。仕事も資産もマンションもなくなったと……そうしたらどうしようかと考えます。北海道に帰るか、それとももっと暖かいところに行くか、海外に行くか。そうするとワクワクしてきます。で、求人広告とかを見るんです。

新聞の求人欄とか見て『ああ、今こういう仕事を募集しているのか』と。そうして例えばトラックの運転手さんの募集をやっていて給料は二十何万ぐらいだと。ということは、給料から計算すると、この会社は売上高が幾ら、純利益がこんなものだと。そうすると、ここは今このエリアしかやっていないから、自分に支店を任せてくれるなら、このエリアを新たに新規開発して、純利益を2倍にすることができるな……と考えていくわけです」。

事細かなシミュレーション。これが一体どんな意味を持つというのだろうか?

「これはとても大事なことなんです。求人広告を見て、給料の額面だけを見て自分の生活と照らし合わせているだけでは、二流、いや三流です。もう一段階上に行きたかったら、求人広告から社長の給料を推計し、どうやったら売上を伸ばせるかまでを考えるわけです。そうするとゼロになってもおもしろいと思えるだけじゃなく、もしそうなっても何とかなるという自信に繋がるんです」。

お金は非常にやっかいなものだからこそ、自分の方がブレてはいけない。仮に儲かったとしても平常心を忘れず、仮に収入ゼロという厳しい状況になったとしてもそれを受け入れる。決してお金に振り回されることなく、ただ目の前にあることに全力を尽くすのみ。そうすれば必ず道は開けるのである。

「お金とは、やっかいなものである。(杉村太蔵)」

杉村太蔵さん

1979年、北海道旭川市出身。派遣社員から外資系証券会社勤務を経て、2005年9月総選挙で最年少当選を果たす。厚生労働委員会、決算行政監視委員会に所属。労働問題を専門に、特にニート・フリーター問題など若年者雇用の環境改善に尽力。現在、TBS「サンデージャポン」など数々のメディアに出演する他、実業家・投資家としても活躍中。2016年4月から慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科後期博士課程に在籍。私生活では三児の父。

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