日本のサラリーマンの「定年」は逃げ水のように遠ざかり続けるだろう。定年が気にかかり始めた年代のみならず、これから社会に出ていく20代も、長い長い人生を生涯現役として生きていくことを前提にしなければならない。キャリアとは働く意味とは人生とは……中原圭介氏の著書「定年消滅時代をどう生きるか」は、それらを問い直すきっかけとなるだろう。
働き続けなければいけないのに必要とされなかったらどうなる?
———–日本から「定年」が消滅する、について教えて下さい。
2020年には政府が大企業に対し、「雇用努力義務」という形で70歳まで働ける環境づくりを進めていきます。自社で雇えない場合も他の企業に斡旋できるような法案成立を目指しています。5年後には「努力義務」ではなくて「義務」となっていくでしょう。そうこうしている間にも平均寿命は伸びていきますから、次に政府が考えることは、当然75歳へと「義務」を伸ばしていくということです。おそらく2030年代には大企業においては75歳まで働く環境が定着するだろうと思います。実質、生涯現役=定年消滅ということになります。
———–では、現役オフィスワーカーは少なくとも+10~15年の延長勤続となるわけですね。しかし、テクノロジーの進化とともに「人間不要時代」も来るとも言われています。
はい、すでに社内失業状態の人がたくさんいるという現状があります。リクルートワークス研究所の調査によれば、日本企業のなかには社内失業者が2020年の時点で推計408万人いるとされています。ロボティック プロセス オートメーション 、要するに パソコンに仕事内容を学習させれば、疲れ知らずで昼夜を問わず働いてくれるし、人間より速くて正確です。そのシステムが今、爆発的に普及していて、大企業の半分近くは取り入れていると思われます。すると、その分のホワイトカラー人材も要らなくなってきますよね。ですから、この先500万人、600万人と失業者が出てきます。しかし、定年は延長され、年金がもらえるまで働かなくてはならない。
———–一方で、人手不足と言われていますね。
少なくともいま人手が不足しているのは大企業ではありません。どこが足りないかと言うと、小売店、飲食店に代表されるサービス業や、介護職などの特定の専門職です。じゃあ、大企業の余剰人材がサービス業の人材不足に対応できる人材なのか? ということなんです。大企業を辞めて働きますかというと、現実的に失業して働くところがないという限りは働かないということになりますよね。そこで雇用のミスマッチが起きてくるわけです。歴史を振り返ると雇用のミスマッチが起きるときは、失業率が上がってくるものなのです。今一番求められていることは、スキルがない人たちをスキルアップして底上げし生産性を上げていく、あるいは企業のホワイトカラーの人々に社内だけではなく社外でも通用するような専門的なスキルを身に付けさせるいうことです。
なぜ、いま「学び」が注目されているのか?
———–そこで、人材育成や教育の重要度が増してくるのですね。
そうです。最近ニュースになりましたが、15歳を対象として行われるOECD(経済協力開発機構)の学力到達度調査(通称PISA)では、日本の読解力は15位ということで、前回調査から7位もランクを落としています。僕はこれは大変な問題だと思っています。読解力や感性といいう素養は、「基本的なスキル」なのです。教養ともいえるでしょう。「専門的なスキル」というものは、基本的なスキルが土台にあってその上に乗っかっているだけなんです。だから、土台が小さかったりおぼつかない場合は専門的なスキルだってそんな高いレベルまで行かないでしょう。基本的なスキルの上に専門的なスキルがあり、それをあわせて初めて重要な働き方ができ、そして何回もチャンスが訪れる社会になるのかなと。本来、基本的なスキルは大学までに身につけるものだと思います。それには、日本の大学も変わらなくてはならない。教育についても、本書では詳しく提言しました。
———–雇用がロングタームになると個人のスキルを開発し続ける必要がある、そのために基本的なスキルを高める教育が必要、ということですね。
今の若い層の人たちが心配ですが、土台がしっかり築けている人材であれば高齢者であっても、専門的なスキルは磨けると思います。高齢者は頭の瞬発力が衰えていますが、昔と違ってITやAIを使ってより短期間に楽しく学ぶことが可能になっています。また経験値もありますし。スキルアップを怠らないことで、定年年齢が上がっていっても必要な人材として現役で働き続けられます。
スキル格差社会に陥らないために
ただ、世界と比較して日本人で「学び直し」をする人は非常に少ないと言わざるをえません。学び直してスキルを高めていける人とそうでない人の二極化が始まると思います。すでにアメリカでは低スキルの人と高スキルの人の二極化が進んでいるので、いずれ日本もそうなるでしょう。
だからこそ、低スキル人材の底上げスキル教育が大事だと私は言っているのです。一人ひとりが自覚を持ってそれができればいいんですが、全員がそれをできるわけではない。しかし、これこそ、政府、国が力を注いでやっていくべき分野です。ハローワークに任せておけばいいという問題ではないんです。
データ改ざんや組織の癒着など不正が行われないようなしくみを作った上で、民間に委託しながら効果の出る研修をどんどん採用していけばいいんです。そういう形で底上げ人材が成功するケースをたくさんつくる。私は、そのほうが日本は豊かになるという考えです。
10年後、企業と個人の関わりはどのように変化するか
———–定年が75歳までに引き上げられ、生涯働くためには、専門スキルの獲得が必要というお話でした。今後は専門スキル人材しか生き残れなくなりますか?
もちろんゼネラリストがゼロになるということではありません。例えば、スティーブ・ジョブスみたいな人が1万人の会社に5千人もいたら、逆にちょっと…企業活動がちゃんと回らなくなります。IT分野で成功する人の中には独特な人が多い。だから、ゼネラリストが不要かというとそうくことじゃないんです。配分が大事です。スティーブ・ジョブスは極端な事例ですけど、例えば若手に仕事をわかりやすく教えて上達させるスキルを持っている人材は、やっぱり必要とされていくと思います。これは高齢者に向いている職域です。
———–その他、企業と働くひととの間にはどのような変化が考えられますか?
例えば、フリーランスが大企業と対等に仕事をするということが10年以上先には当たり前になっていきます。アメリカではすでにこの波が来ています。
それぞれの企業から優秀なスキルを持ち寄ってプロジェクトを遂行したり、クラウド上でフリーランスと大企業が協力しながらプロジェクトを動かす。どこにいても海外の人とも仕事ができるということです。仮想オフィスみたいな場所がたくさんできるかもしれない。
必要な人材として現役で働き続けられる人は、結局本人がどういう仕事をしたいのか、どういうスキルを身に付けたいのか、どういう人生を送りたいのか?ということを考えて、きちんと行動を起こすことができる人であれば、必要な人材として現役で働き続けられるでしょう。
iPhoneが誕生してわずか10年ちょっと。スマートフォンの登場によってビジネスの世界がガラッと変わったわけじゃないですか。この10年でここまで大きく変化したことを思えば、この先10年はもっと変わるでしょう。
好きなことに向かうエネルギーでキャリアを作っていく
———–キャリア形成で大事なことは何だと考えていますか?
私達は、人生100年時代で、しかも第4次産業革命による仕事消失の中に生きています。その流れに対して、私達は今から心構えを持って自己研鑽していくということが大切です。
あとは、自分はどういう人生を行きたいのか?ということをよく考えながら、その進路を決めてもらいたいということです。興味があることをして生きていくことができる環境になってきているんです。全員とは言いませんが、好きなことや趣味があり、そのスキルに関してならどんどん磨くことができる人であれば、好きなことが仕事ができるんじゃないかと思います。
モチベーションが落ちる、飽きるもサイクルのひとつとして受容する
一方でモチベーションが落ちたときについても本には書きました。一昔前だと趣味を極めるには時間がかかったんです。でも今日はそんなに時間がかからなくなってきてるので、むしろ「この趣味飽きたから次の趣味」という人が増えてくるんじゃないかなと思うんですよね。これは仕事も同じなんですよ。だから、この仕事に飽きてきたなと思ったら次の仕事の準備をはじめてスキルを身につけて、うまく転換する、あるいは全く違う仕事でも、今に関連する仕事でもいいんですが。いろいろな知見がストックされていって、視野が広がっていきますから、ひとつだけを専門にやっている人よりは違う味付けができると思うんですよ。そこが多様性の時代では生きてきます。
書名:定年消滅時代をどう生きるか
出版:講談社現代新書
定価:¥946(税込)