まだ「日本は借金で破綻する」と言っている人の「常識」は古すぎる

金融リテラシーで変わる社会
私たちをとりまく社会はいま、大きく変化している。大企業に新卒で採用され、定年を迎えるまで勤め上げれば定年後は安泰。そんな少し前まで当たり前だった人生はもう夢物語だ。【連載】金融リテラシーで変わる社会(第3回)
2017.2.6

大学で学生に対し、「今の日経平均やドル円の相場は大体どの程度か」と聞くと、少数の自信満々で挙手する学生と、大半の視線を下げる学生に分かれる。挙手する学生は日頃から日経新聞を購読、もしくは自ら株式投資やFX投資を行っている学生であり、さほど違和感のない金額を答えるが、一方の挙手しなかった学生に答えさせた場合、既に日経平均2万円やドル円120円への到達が騒がれている2016年12月末においても、「日経平均は1万6,000円ぐらい」「ドル円は110円ぐらい」といった発言が多くみられる。大学での学生の「今」という時代の認識は、少なくとも経済においては約1ヵ月のラグがあると言える。日経平均やドル円であれば、日頃新聞やニュースを見ている社会人、ビジネスパーソンであればほぼリアルタイムに認識している人が多い。特に金融業界や自ら投資を行っている人については日々しっかりと確認をしているであろう。しかし、その様な数字は当然として、「経済の常識」も常に変動していることの認識をしていなかければならない。

例えば数年前まで、日本はこのままでは破綻してしまうというようなことを、多くのジャーナリストや経済学者がテレビで唱えていた。日本の借金(国債)が1000兆円を超え、国民1人頭800万円の借金となる。このままでは日本が財政破たんするのは目に見えている、との論調が大きくにぎわしたが、その様な声を聴くことは減った。日銀が金融緩和にて市場から国債を購入しており、また新規発行の国債も限りなくゼロ金利に近い金利で発行ができているため、実質的な日本の借金は急激に減少している。日本の財政は大きく立て直しが進みつつある。日本が財政破綻する可能性は大きく後退し、マスコミなどでは騒がれなくなっているにも関わらず、いまだ日本財政破綻論を唱える個人は多くみられる。つい数年前の「常識」と今の「常識」は大きくかい離していることを認識しなければならない。
同様に、当初はヒラリー・クリントン候補の当選が絶対視されていた米国大統領選挙にて、想定外のトランプ大統領の勝利後が起こった直後には、トランプ氏は「何をしでかすかわからない乱暴者の大統領」として多くの有識者がダウ平均の急落、ドル円相場の90円割れを予想した。しかし、今(※2017年1月上旬執筆当時)ではダウ平均は上昇し、ドル円も115円と円安ドル高となっている。今のトランプ氏の評価は「閉塞しているアメリカを、再度強いアメリカにしようとしている強いリーダーシップを持った大統領」へと変化しつつある。1月に入り、トランプ次期大統領はツイッターにてトヨタのメキシコへの工場建設を批判し、その結果トヨタから今後5年間で100億ドルもの米国投資の発表を勝ち取った。他国の大企業からツイッターでの書き込みを使って100億ドル、日本円でいうと1兆1500億円もの投資を勝ち取った政治家が他にいるだろうか。1月20日にトランプ氏が正式に大統領に就任した後、トランプ大統領がアメリカによるアメリカのための政治を行った際には、今までのアメリカによる世界経済・政治への関与とは全く違う形でアメリカが、そしてトランプ大統領が世界を動かしていくことになるであろう。既にトランプ氏の実績は平凡な歴代大統領を超えつつあると言ってもいい。
金融にかかわる世界の「常識」は常に変化している。数年前まで「このままでは日本が破綻する」ことは常識であったし、つい数ヵ月前までは「トランプが大統領になる」「トランプは歴史に残る名大統領になる」と言っても誰も信じなかったであろう。しかし、今ではトランプ氏が大統領になることが常識だ。投資を行う前提も大きく異なる。どれほどの正しい情報を保持しているかで投資等において意思決定の正誤が大きく揺らぐ。これからの金融技術で社会が大きく変化していく中で、「常識」を常にアップデートできるか。それがこれからの金融リテラシーの基盤となっていく。

岸 泰裕

金融工学MBA、大学非常勤講師

大学卒業後、Citiグループの日本における持株会社に勤務。在籍中に金融工学MBAを取得する。その後スタンダードチャータード銀行の東京支店に転職。現在は金融機関を退職し、明治大学、名古屋商科大学、龍谷大学や企業研修・セミナーなどで金融論等について各種講義を行っている。

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