2017年12月7日 更新

「お金はその人を映す鏡なんだよ」第4章[第8話]

元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。"ファイナンシャルアカデミー代表"泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。

2017.8.18
 老人は話を突然中断した。
 それは老人の携帯電話が鳴ったからだ。しかし、彼は表示画面を見ると、ため息をついて、その電話に出ようとしなかった。
「困ったものだ。いつまでも、人の判断に頼ろうとする。私の判断は『待て』だ。そんなことわざわざ電話で伝えるまでもないだろう。私が電話に出なければ、彼らは判断できず、きっと待つだろう」
「何か別の急ぎの用件かもしれませんよ」
「いや、私は今の君以上に急ぎの用を抱えた人間はいない、と思っているから、これでいいんだ」
 ……?
 どういうことだ? 老人はやっぱり偶然ではなく、僕を探し当てて今ここにいる。
 老人は訝る僕のことを置き去りに、話の続きをし始めた。
「多くの人がする困った質問の中に、最も意味のない質問だと私が感じている質問の話をしよう。

それは“一億円あったら、何をしたい?”というものだ。

それは“一億円あったら、何をしたい?”というものだ。
 人々はそれを聞き、一億円とともにある自分を想像する。旅行もしたいし、家も建てたい、格好いい車にだって乗りたい。想像上では、すべてが可能になったような錯覚を覚えるだろう。だが、そんな想像と質問に何の意味もない。それまで一億円を持ったことのない人間が、実際に一億円持っている自分を想像することは絶対に不可能だ。
 そんな不幸な目にあった男の話をしよう。
 イギリスで実際にあった話だ。それまでの男は、家族三人で貧乏なアパート暮らしをしていた。仕事は工場勤めだったがまじめに二〇年間働いていた。その男はある日、宝くじを買った。きっと家族の間では、当たったらどうする? なんてユーモアのある会話がなされたことだろう。しかし、幸か不幸か、本当に当たってしまった。宝くじで三〇億円もの大金が当たったその男の人生は大きく変わっていくことになる」
「どうなったんですか?」
「二年後に破産さ。そして一家離散。仕事は宝くじに当たったと同時に、退職していたから、彼は住む家にも困るほどになってしまった。彼の元に何が起きたのかは詳しくは知らないが、だいたいは想像がつく。突然、お金を借りに来る人間もいるし、怪しげな投資話を持ち込んでくる人間もいるだろう。たしか、娘がいたはずだが彼女の人生も破綻してしまった。金目当ての色男がやってきて、編されてお金をとられた挙げ句、彼女は捨てられてしまった」
 その不幸な娘のことを思うと、僕の胸は痛んだ。
「父親は、今は親切な人に拾われて、清掃夫をしているそうだ」
 僕はその後の娘のことの方が気になったが、老人はそこまで知らないだろう。
「宝くじについては、いい話もあるぞ。最近の話だが、カナダで同じように巨額の宝くじを当てた男がいた。彼の一家はいわゆる中流で、子供たちもすでに独立していた。彼は当選した宝くじを全額寄付してしまったんだ。あはは、愉快な話じゃないか」
 その話は僕も小耳に挟んでいた。当時、資金繰りが苦しくて、その話に出てきた男のことを心底うらやんで、馬鹿なことをする奴がいるもんだ、と半分怒りに似た感情を持っていた。
「どこが愉快な話なんですか? そんな寄付するくらいなら、宝くじなんか最初から買わなければいい。僕が、その男なら、何かもっと有効に使っていたと思います。」
「有効に? それでは、何に使っていたんだい? せいぜい借金を返すのに使っているくらいだろう。その男も実際にお金を手にしたとき、考えたんだろう。自分にこれだけのお金を使いこなせるか? 宝くじが当たるまでは想像してはいても、目にした事のない大金だ。そして、その男は自分で扱うのは無理と判断した。実際にそれだけのお金を手にすると、お金を使っている感覚ではなく、お金に使われている感覚になるだろう。豪華なクルーザーで世界一周旅行、妻のために贈る華美な宝飾類。だが全能感は一瞬だ。やがては、人生でやることがなくなり、絶望してしまうだろう。
 最初に宝くじを買ったお金は、それをリアルに想像するために必要な授業料だと思えば、とても安い買い物だ」
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泉正人 | ファイナンシャルアカデミー 泉正人 | ファイナンシャルアカデミー
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