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すべてを捨ててニューヨークへ。夢の原点に戻ることで次のステージに辿り着いた ~後編~(大江千里)

2015.10.5

幼いころから抱いていた新たな夢である「ジャズ」を追い求めるため、国民的シンガーソングライターとして日本で築き上げた実績を捨てて単身ニューヨークへと渡った大江千里さん。大江さんにゼロから新たなステージへと向かうものを決意させたものは何だったのか、インタビューしました。

■ニューヨークに来たのは、動物として正しいチョイスだった

―現在では、ジャズピアニストとしてアメリカでもデビューされ、多忙な大江さんですが、インカムのない学生生活からここまでの道のりは。

NPO団体から頼まれて、教会の中を改造したステージで、僕とイスラエル人のベースと、アメリカ人のドラムと3人でトリオを組んで演奏したときに初めてギャラをもらいました。100ドルとか、そのくらいですけどね。

後編1

この3人と、フランス人のボーカルを入れて4人でコリアンレストランの端っこを借りて演奏させてもらったりもしましたね。一人のギャラが20ドルだったかな。そのあと、ストリートで演奏した時は、一人17ドル。このとき僕は熱中症で倒れて。インド人やバングラデシュ人のおやじが、「水飲め」って助けてくれましたね。

空いた時間で「スケッチブックを持ったまま」というテレビ東京のアニメーションのテーマソングの作詞作曲をしたり、渡辺美里さんや八神純子さんにも詩や曲を書いたりしていたので、それがいずれ印税として入るだろうという予測はありました。貧乏学生の僕にしてみれば桁が一つ違うようなお金が入るはずだから心配はするな、今は貧しくてもとりあえずは貯金もあるわけだし、助け合いもできる。だからまだパニックに陥るなと。

―日本でのライブ活動からは考えられないですね。

C

本当に。ニューヨークに来て、最初の季節が冬で、零下20度だったときは本当に寒さがつらくて、「何でこんな思いをしてまで僕はここにいるんだ、馬鹿じゃないかな」って思ったんだけど、冷たい空気を吸い込んだ時に、それさえ全部消えてしまうぐらいの、口では言えない充実感があって。やっぱり来てよかったんだ、動物としてこれは正しいチョイスだったんだっていう瞬間があったんですよ。粒々のように。その粒々が段々つながっていくというか……。

夏は夏で、冷房もない部屋で汗びっしょりになって練習していると「何でこんなことやっているんだろう」と思うんだけど。日本だと、汗をかくことなんてステージの上以外ではないわけだし、そのかいた汗も誰かが来て拭いてくれて、着替えも手伝ってくれて、楽器も持ってくれる。ところが、こっちのブラジリアン・ドラムクラスでは、皮をもう一人のアメリカの生徒と一緒に3時間も4時間も水で洗って、なめして柔らかくして、干して……とやらなきゃいけない。 でも新鮮だし、それが楽しかった。皆でそうやって仕上げた皮をドラムに貼って、ドンドコドンドコドンドコドンドコやって、ハロウィンのパレードに出るんですよ。

New York soho street scene

■ババが出る時もあれば、大きなお金が動くときもある

―そういう経験を経て、今でもお金の使い方で気をつけていることはありますか?

自分のレコード会社をニューヨークで設立して、そこでアルバムを発売したんです。最初にどういうマーケットでどのくらい売れるっていう試算をして、そこから逆算してこれだけお金をかけられるという青写真を作ったのですが、現場はやっぱりその通りにはいかなくて。自分がチョイスしたトロンボーンプレイヤーが想定外に緊張しちゃって吹けないから、1日分スタジオ代が余計にかかるとかね。出費が膨らんでいくことのほうが多かったですね。

そういう時には、おまじないのように、「僕は絶対電車は乗らない」と言って、歩いて帰りました。皆で打ち上げで居酒屋に行けば、もちろん食事代は僕が出すんですが、帰りは何時間かかっても歩いて帰った。自分で自分を安心させるためのおまじないなんです。

そんな感じで何となく自転車操業で始まったんですが、最初の年は申告したら大赤字。だけど、その年に発売したアルバムがけっこう売れたんです。翌年にドーンと黒になって、そうしたらまた大赤字になって……その繰り返しですね。今年はちょっと黒字を出さなきゃいけないから、トークショーでもしようかな(笑)

―お金が出ていくこと、赤字になることそのものも楽しめている感じがします。

お金って、トランプみたいなものだと思うんですね。人生自体が一つのゲームだとすると、お金は、そのゲームをするうえで必要なツールですよね。ババが出る時もあれば、大きなお金が動くときもある。トランプの繰り方によって、いくらでもゲームを楽しくすることができるし、その中で自分が学ぶ気になれば、その遊びのトランプの中で、真剣な自分なりのセオリーを見つけ出すことができる。いくらでも人生を濃く深くすることができるから。

「来る者拒まず、去る者は追わず」。これは人間もお金も同じなんです。お金を持って棺桶に入るわけにはいかないわけだから、「今日という日は、人生で最初で最後の一日だ」って思って、ゲーム感覚を持って生きることが大切じゃないかな。そうやって考えていると、育てているハーブに水をあげて、元気だと本当にうれしくなるし。そういう小さいことって、お金には代えられないですよね。

D

■3歩進んでも2歩下がる。でも1歩進んでいるからいい

―人生というゲームを心から楽しんでいらっしゃる感じがします。

もちろん、不安はありますよ。物をつくるっていうことはゼロからやることだから、毎日、「次はできないんじゃないか」って思うんですが、「そんなことはないよな」「必ずできてたじゃん、今までだって」「絶対できるから、もうちょっと粘ろう」って考えるんです。

僕、チラシなんかも全部自分で作ってるんですよ。それがストレスフリーなんです。散髪も自分でしてたんですね。自分の頭の形って自分が一番よく知ってるから。たまに虎刈りもするんだけど、それも楽しいんですよ。でもまあ、これも自分のスタイルかな。

デザインもロゴも自分でつくる。そのままデータを保存しておけばまた上書きできるのに、そのやり方を知らない。だから、デザインしてプリントアウトして、間違えたり修正が必要ってなったら、最初からもう一回やり直さなきゃいけない……そういう試行錯誤の連続です。

今、こっちでのライブで「365歩のマーチ」っていう、チーターさんの歌をジャズにして演奏しているんですが、本当に「3歩進んで2歩下がる」な毎日で。それでも1歩進んでるわけだから。1歩ぐらいがむしろちょうどいいのかと思っています。

―一方で、東日本大震災の後には、富ジャズでチャリティーのコンサートに参加されましたよね。今後も、こうした社会貢献活動は続けていかれるご予定ですか?

飛行機代とホテル代を出すかたちで、東北の子どもたちをハワイに招待したりしています。ハワイの人たちと触れ合って、ネイチャープログラムを一緒にシェアするんです。

そのプログラムのお金をつくるためのライブを来年5月にハワイでやる予定です。ニューヨークからホノルルまでの交通費は、一番安いチケットを自分で取って自分で行く。泊まる場所は雑魚寝。でもハワイに行けば、手伝ってくれる仲間が大勢いるんですよ。

コンサート

■アングルを変えることで見えてくることがある

―まだまだ大江さんの人生は変化していきそうな予感がします。

僕は、変化っていうのは、アングルだと思うんですよ。だから別に脱サラして蕎麦屋になることもなければ、いきなりジャズを目指すこともないと思うんです。

同じ場所でも、目線というか、アングルを変えることによって、自分の人生はハイライトされたり、光と影の分量のバランスを変えたりすることができる。ステージって、まさにそうなんです。スポットライトを動かさなくても、月明かりと定位置のバランスで、ハイライトをすることはいくらでもできます。

E

スポットライトを当てる場所、アングルを変えることには、日頃から意識してアンテナを張っています。ホリゾントにすればこう、逆光にすればこうとか。今ここにくるまでに7人の有名なホームレスの人たちが犬を連れていて、「ハーイ」って挨拶して来ましたけど、彼らのことを誰も馬鹿にはしてないですしね。いろんな人生の見方があるから。

逆光にして、代役を立ててちょっとステージから退いて、1ヵ月オフを取っても誰も責める理由なんてないし。1日30食しかせいろ蕎麦を出さない、31食目から売り切れっていう小さい店だってありだし、絶対に東京ドームを満杯にするんだ、血尿出てでもやるんだって芸能界に骨埋めるっていうのもありだし。何が上でも下でもないし、競争でもない。単に、自分の人生をどうレイアウトするかっていうことだと思うんです。

―自分の人生をどうレイアウトするか。

自分の人生のステージ(舞台)は自分が主役ですから。舞台に上がったら自分が主人公なんです。ステージの袖にはいつもステージフライト(舞台恐怖症)があるけれど、でも舞台に上がったら自分が主人公なんです。

あのマーヴィン・ゲイだって、「What’s going on」って舞台に出ていくときに、震えて「僕帰りたい」って言うんです。そうしたら、マネージャーがボンって背中押して、出ていくと、あの歌になる。だから、公演日程や一日の上演回数を決めて、その自分の舞台をどう演出するかを決めて、どういうお客様に観てもらうかを決める。そういう人生のレイアウトを考えていないといけないんですよ。

後編2

―大江さんにとってステージ(舞台)とは。

僕は、舞台が大好きなんです。ステージフライト(舞台恐怖症)は僕の大好きなヒッチコックの映画のタイトルでもあります。もう何万回も経験しているのに、ステージ脇に立っているとドキドキする。お客さんが見える。光と影。出ていかなきゃいけない。「大江千里さんです」っていう声がすると、パッと明るくなって、皆さんのために僕がいる。

お客さんがいないと自分の存在なんて本当にたいしたことないのに、ラッキーなことにたくさんのお客さんがいて、舞台の上だと自分が輝く。お客さんとのやり取りしながら、舞台の上の喜怒哀楽のバランスを支配できる。空間の間口とタッパと奥行き、あの中で最高のフェイクを演じきること、それは大江千里というリアリティかもしれないけれど、全部作ったことなんですよ。でもその作り上げた世界がリアルだと感じられる瞬間を、皆でよってたかって構築した夢の瞬間——それがまさに人生というステージなんです。

ステージが大好きってことは、やっぱり人生が好きだってことなんですね。だから、ステージの光と影が、僕にとって人生の喜怒哀楽の凝縮だと思っています。

千里っていう名前は「サウザンド・ホームタウン」。僕のホームタウンは、故郷で増えていく。「ニューヨークにずっといるんですか」って言われても、次はスペインに行くかもしれないし。60歳になってスペイン語覚えるのもしんどいかもしれないけど(笑)、先のことはわからないですよね。僕だって満身創痍で、いつまでピアノが弾けるんだろう、あと何年できるんだろうって感じながら日々を送っていますが、アイシングしながら今日もピアノが弾けるっていう、この幸せ。まだまだ夢はたくさんあります。

前編はこちら

お金とは、トランプみたいなもの。(大江千里)
シンガーソングライター/ジャズピアニスト
大江千里さん

1983年、シンガーソングライターとしてデビュー、2007年末までに45枚のシングルと18枚のオリジナルアルバムを発表。「十人十色」「あいたい」「格好悪いふられ方」「ありがとう」などのシングル曲がヒット。作詞・作曲・編曲家としても、松田聖子・渡辺美里・などのアーティストに数多くの楽曲を提供、プロデュースも手がけている。俳優、テレビ番組の司会、ラジオ番組のパーソナリティー、エッセイ執筆など幅広い分野で活動。2008年以降は日本国内での自身の音楽活動を休業しニューヨークに在住。2012年にジャズピアニストとしてのデビューを果たす。

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