ワインを愛する富裕層のバカンススタイル「エノツーリズモ」

カルチャー
古代ローマ時代の富裕層が愛した「ワイン」と「閑暇」。
この奥の深いふたつのキーワードを体現したのが、「エノツーリズモ」といわれる観光です。世界各地にあるワイナリーは、豊かな自然に囲まれているという立地条件により、すでにそれだけで閑雅な閑暇を過ごすには絶好のシチュエーション。これを利用した観光業が、昨今のブームとなりつつあるのです。
2018.4.22

メリハリのついたライフスタイル、それが欧州型

古代ローマの富裕層は、「仕事は都市で、休暇は郊外で」というのが通常でした。そのため、都市の緑化にはあまり興味がなく、自然に触れたいときには郊外の別荘に行き閑暇を過ごしたのです。
現代のイタリアにもこの習慣は残り、富裕層はもちろん山や海に豪壮な別荘を構えますが、中流階級もささやかな山荘を持っているケースが非常に多いのです。限られた時間でより多くの場所で多くのものを見る日本型のバカンスとは時間の使い方が違い、思索にふけったり自然と触れることで日常とは違うリズムを満喫するのです。
そして、伝統的に欧州のエリートたちはこの自然に囲まれた閑暇に、書物を持ち込んで有意義に過ごすことが多かったそうです。時間の流れは、都市で仕事をしているときよりもゆったりと流れていたでしょう。しかし、バカンスを無為に過ごす人ばかりではなく、晴耕雨読の生活を好むインテリ層は少なくなかったのです。
この「有意義に過ごす閑暇」を体現している現代のバカンスのひとつが、エノツーリズモです。「ワイン」をキーワードとしたこのバカンス、実際はどんなものなのでしょうか。

ワインを味わうだけでは物足りないワインファンのためのバカンス

ワインをテーマにした観光「エノツーリズモ」という概念は、25年ほど前に生まれたと言われています。当初は、ワイナリーを訪問してワインの試飲を行う、というシンプルなイベントから始まりました。そして、年々「エノツーリズモ」に参加する観光客は増加し、現在では年間3万人がこのバカンスを楽しむという統計があります。ところが、ワインとその生産をテーマにしたバカンス、というコンセプト以外は特定の法律が存在せず問題となっていました。ようやく、2017年末に「エノツーリズモ」に関する法律が整備されました。
近年、ようやく明確になってきた「エノツーリズモ」とは、ワインとその生産に焦点を当てた観光形態のひとつであり、参加する人々がそのワインの特有性、生産地の風土、伝統、歴史、習慣を通じて、醸造という文化を理解し原産地を熟知することにある、というのがコンセプトになっています。欧州の人たちが自然の中でバカンスを満喫することを愛しているのは自明の理ですが、そのバカンスにさらに意義を与える観光形態というわけです。

「エノツーリズモ」とは具体的にどんなことをするのか

イタリアにおいて「エノツーリズモ」を牽引してきたふたつの団体があります。
ひとつは、フリウリにある1987年発足の「チッタ・デル・ヴィーノ 」。もう一つは、トスカーナで1993年に立ち上げられた「モヴィメント・デル・トゥーリズモ・デル・ヴィーノ」で、頭文字を取ってMTVと呼ばれています。いずれも、「ワインの文化」の浸透を、ワイナリーを訪問するというメソッドで促進してきました。
彼らが「エノツーリズモ」の柱として行ってきた活動は主に3つ。

・ワイナリーの一般公開
・夜空の下でのワイン試飲会
・ブドウ収穫の一般参加

とくにブドウの収穫作業への参加は、ワインのファンにとってはただの試飲に終わらず、生産者と直接接触し、贔屓のワインの原点から観察できるという体験が人気となっています。
また、一般公開の機会にワイナリー専属の醸造専門家から話を聞いたり、醸造の工程、熟成のためのセラーの見学など、さまざまな観点からワイナリーを見学できるのがワイン通にはたまらないのだとか。
また、ワイナリーのほとんどは郊外の自然の中にぽつんと建っているため、街の灯りに邪魔をされない星空の見事さはまさに目をみはるばかり。その星空の下で、ワインを堪能するという粋なイベントは、これまた大人気となっています。

ユネスコの世界遺産にもなった歴史と文化が詰まったブドウ畑で

長い歴史と技術、そしてワイナリーとブドウ畑がある美しい自然は、ユネスコの世界遺産にも認定されています。ヨーロッパでは、フランスのブルゴーニュ、イタリアのランゲ、スイスのラヴォーのワイン生産地が、世界遺産となりました。
こうした著名なワインの生産地の大規模なワイナリーにはすでに、常時見学予約が可能であったりレストランを完備しているところも多く、とくに観光客に人気のトスカーナ州キャンティ地方はエノツーリズモでも集客率がよいことで知られています。
知名度が高い大規模なワイナリーだけではなく、小規模の家族経営のワイナリーもこうした動きに敏感になっており、普段は見学が不可能なワイナリーでも「ワイナリー一般公開日」には希望者を受け入れています。
また、各地のワインはその土地の食材や郷土料理との相性がよいといわれているため、ワインが生まれた土地の空気の中で、地産地消の食材を使った郷土料理を味わう、という贅沢もエノツーリズモならではと言われています。
 大自然の中でワインと親しみながら過ごすバカンス、長期滞在が理想かというとそうでもないようで、統計によるとイタリア人の希望滞在日数は一泊二日がもっとも多かったそうです。逆に、海外からのエノトゥーリズモ参加希望者は、最低でも3泊して原産地の魅力を吸収したいという意見が大半でした。
モンタルチーノのバンフィ、スーパータスカンで有名なオルネライアなどの一流のワイナリーは、見学のための予約を通年で受け付けています。また、ワイン生産地の郷土料理を一流シェフがアレンジして提供するレストランを完備しているところも多数あります。
中世の時代の要塞や城を所有しているワイナリーも多く、セレブリティの気分を心ゆくまで味わうことができるのも魅力です。
2017年末に法制化された「エノツーリズモ」、2018年まさにブームの第一波が到来しそうな予感です。