富者の遺言 第2章 選ぶ~お金を持った瞬間、人は選ばなければいけない。それをどう使うか、いつ使うか [第5話]

小説『富者の遺言』
元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。"ファイナンシャルアカデミー代表"泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。
2017.7.28
 老人は柔和な笑みを浮かべながら悠然と僕の目の前に立っていた。
(からかわれているのか? それとも本気なのか? もし本気だとするなら……何か目的があるはずだ……。 目的? どんな目的があるんだ……?)
 老人は、僕がさっきまで座っていたベンチまで歩くとフワリと優雅に腰をかけた。そして話をおもむろに再開した。
「お金というのは不思議なものでね。人はそれを持った瞬間に選ばされるんだよ。それを使うか?使わないか? 使うんだったら、何に、いつ使うのか?
 でも、ほとんどの人間はそんなことは考えもせずに、衝動的に使ってしまう。
 今、必要なんだから、『今』使う、とね」
 僕はただ老人の話を聞くしかなかった。ジョーカーと名乗るこの老人の迫力に気圧されていた。
「君は、まず求めているものとは違うものを間違って買いそうになった。それから、 今ということにこだわって、もっと安く買える選択肢を自ら捨てた」
「……はい。おっしゃる通りですが、僕は、一 刻も早く暖まりたくてここから動きたくなかったし、自販機の表示も薄暗くてよく見えなかったんです」

「お金で間違いを冒す人間の九割は、 タイミングと選択を間違えるんだよ」

 老人は、僕の言い訳めいた言葉にそう返した。
「お金の扱い方を間違える人のほとんどは、そのことに気づいていない。人のせいにしたり、天候や気温のせいにしたりする。そして、同じ間違いを何度も冒すんだ」
 この老人に今の僕が置かれた状況と今の気持ちをがわかってたまるか!
「でも、余裕がなかったんです。あなたの言う通り、近くのスーパーまで行くのすら、さっきの僕には億劫だったんです」
「お金というのは、本当に不思議でね。もしも、一銭もなければ、君はミルクテイーなんて欲しがっただろうか? 諦めてさっさと家に帰って、やかんを火にかけてお湯でも飲んでいたんじゃないのかい? わずかなお金を持っていたばかりに、君は正常な判断を下せなかったようだ。人はお金を持つと理由もなく使いたがるようだ」
 何をバカな!
 あまりに失礼な物言いに僕は怒りを込めて反論しようとしたが、次の瞬間、老人はさらりと言ってのけた。

「今の君は 100円程度のお金も扱えない男なんだよ」

 この老人は、僕をコケにし続けているが、ここまでバッサリ言われると、反抗する気力がなくなってくる。
「まぁまぁ 、すまないね。育ちが良くないせいか、言葉が荒っぽかったようだ」
「…いえ、いいです。ご老人のおっしゃる通りですから」
「人は、お金を持つとそれを使いたがると言ったね。大型家電やテレビ、もしくは新築住宅や新車、そのどれを売ってるセールスマンも、迷ってる客相手には同じことを言っ てくる 。

“今が買い時ですよ”

 この言葉は魔法の言葉だ。それまで迷っていたお客も、この言葉を聞くと財布の紐がつい緩くなる」
「はい。だって専門の販売員の意見は、知識も豊富だから説得力がありますよ」

「買い時というのは 、ふたつの意味がある 。それはお客にとって買い時という意味なのか、それとも相場の中で買い時のタイミング、という意味なのか。

 ある意味、買い時なのは当たり前だよ。なぜなら、買う当人は 、その商品が欲しくて売り場に来ているんだから。当人の買い時なんだろう。販売員が言っている買い時というのは、この“買う当人にとって”、という意味だ。相場の中で買い時のタイミングという意味ではない 。だが、本当に知りたい買い時はこちらのはずだ」
 僕は、老人の話に納得した。自分の過去を振り返っても、この買い時という言葉に自分を納得させて、お金を払った経験が何回もあった。
「それから、選択については、説明する必要もないだろう。あの商品よりもこの商品の方が優れているからという理由で、人はモノを選択する。
 しかし、優れているのは、機能なのか、値段なのか、人はそれをつい混ぜこぜにして考えてしまう。それに、誰しも値段をケチってまずいものを掴まされた経験があるから、家や車のような大きい 買い 物になればなるほど、 機能を優先して選ぼうとする。
 だが、そうして買うものは、価値以上の値段がつけられている場合がほとんどだ。家や車であれば、二年待てば中古もしくは型落ちとして、その時よりも安い値段で買えることがわかっているのに、お金をより多く出す選択をする。お金を多く出すことで、間違った選択をしていないという安心感を買っただけだ。本当にモノの善し悪しで選んだ選択ではない」
(毎週金曜、14時更新)

泉 正人

ファイナンシャルアカデミーグループ代表、一般社団法人金融学習協会理事長

日本初の商標登録サイトを立ち上げた後、自らの経験から金融経済教育の必要性を感じ、2002年にファイナンシャルアカデミーを創立、代表に就任。身近な生活のお金から、会計、経済、資産運用に至るまで、独自の体系的なカリキュラムを構築。東京・大阪・ニューヨークの3つの学校運営を行い、「お金の教養」を伝えることを通じ、より多くの人に真に豊かでゆとりのある人生を送ってもらうための金融経済教育の定着をめざしている。『お金の教養』(大和書房)、『仕組み仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、著書は30冊累計130万部を超え、韓国、台湾、中国で翻訳版も発売されている。一般社団法人金融学習協会理事長。

STAGE(ステージ)