東京・目黒のビストロ「モルソー」のオーナーシェフ、秋元さくら。こだわりは、自分自身の目で選んだ旬の食材をシンプルに仕上げること。笑顔の絶えないフレンチビストロには、地元の目黒はもちろん、全国からファンが訪れる。
世界を飛び回るCAから一念発起、料理の道へ
STAGE編集部:現在の仕事につくまでのキャリアを教えてください。
大学を卒業した後は、航空会社に就職し、国際線のCAをしていました。世界各国を訪れて、さまざまな食文化に触れるうちに、料理への興味がどんどん高まってきて、CAを退職して調理師学校に入学したんです。
STAGE編集部:しかし、いくら料理が好きでも、プロになろうという人は多くはありません。何か特別な想いがあったんですか?
プロの料理人になろうと決意したのは、ソムリエの主人がきっかけです。主人とはCA時代に出会って結婚したんですが、新婚のときに、私が作ったオムライスを「美味しい、美味しい」と、大喜びしながら食べてくれたんですね。その後も料理を作るたびに、とても喜んでくれました。そのとき、「ああ、料理は人をこんなにも笑顔にできる素晴らしいものなんだなあ」と感動したんです。
STAGE編集部:「人を笑顔に」。そこから料理への道を志したんですね。
はい。もともと昔から人が大好きで、誰かの笑顔を見るのが幸せなんです。だから、学生時代の就職活動のときも、人を笑顔にできるサービス業を極めようと思って、いろいろな職種の会社を受けました。そしてたまたま採用されたのがCAだったんですよ。その後、CAをやめて料理人になろうと決めたときも、「よく考えたら、自分の仕事でお客様を笑顔にするという点では、CAも料理人も同じじゃないか」と思いました。
STAGE編集部:しかし、料理人を志したのは20代半ば。料理の修行を始めるには、決して早いとはいえません。
その通りです。でも、私はこうと決めたら、とにかくがむしゃらに前進するタイプなんです(笑)。たとえ人より遅かったとしても、その分何倍もがんばって、自分なりの最短距離を進めばいいと考えました。調理師学校を卒業した後は、新宿の「モンドカフェ」、白金の「オー・ギャマン・ド・トキオ」で修業させていただきました。
STAGE編集部:修業はつらくなかったですか?
たしかにハードで、大変なこともたくさんありましたが、心に決めたことがあったので。それは「主人とふたりで自分たちの店を持つこと」。これには理由があって、CA時代はお客様とは基本的に一期一会。ただ、お店を持てば、お客様と何度でも会うことができ、自分なりのおもてなし方でお客様を笑顔にできますから。この明確な目標があったので、どんな苦労をしても、すべてプラスに捉えることができました。それに店を持つには、お金がないと始まらないので、料理の修行をしながら、主人と二人で一生懸命貯金しました。その期間は店を持つという目標にすべてのエネルギーを注ぎ込みましたね。
客との距離が近いアットホームなビストロ
STAGE編集部:じつにエネルギッシュです。そして2009年に晴れて「モルソー」をオープンするわけですね。お店をつくるにあたって、こだわった点は?
かしこまった店よりも、活気のあるフレンチビストロにしたかったので、オープンキッチンにしました。調理をしている姿をお客様がご覧になるという緊張感はあるものの、その分、お客様との距離が近くなるので、会話もしやすくなります。アットホームな店なので、「フレンチを食べたいけど、敷居が高い」と思っている方にも来てほしいです。
STAGE編集部:今では押しも押されもせぬ人気店に。開店時から変わらない料理のコンセプトを教えてください。
「背伸びをしなかったこと」が結果的にウチの個性になりました。私は朝、自分で築地などに仕入れに行って、旬の食材を自分の目で選びます。その食材本来の味を生かすために、できるだけシンプルに料理するのがスタイル。だって自分の柄に合わない工夫や、うまくできないことを無理してやったりしても、いつかは結局うまくいかなくなりますから。大切なのは、今、自分が持っている技術を駆使して、旬の食材の味を最大限に引き出すこと。毎日そのことにベストを尽くしています。
STAGE編集部:料理の世界は依然として男性ばかり。女性シェフの強みはありますか?
私個人の考え方としては、性別と料理は、それほど関係ないと思います。もちろん、男性らしさや女性らしさといった性格は少なからず料理に関係があると思いますが。料理人になるうえで、女性のほうが有利・不利はないと思います。大切なのは、料理人として何を実現したいのか。うちのスタッフたちも、みんな目標を持って料理の修行をしています。
STAGE編集部:料理人になってよかったと思う瞬間はどんなときですか?
やはりお客さんの笑顔ですね。「美味しかった」、「また来るよ!」と言っていただくと、充実した気持ちになります。ちなみに「モルソー」を始めていちばんうれしかった出来事が、あるお客様のひと言。開店して数年経った頃です。主人とふたり、店の前でその日最後のお客様をお見送りしていたんです。すると歩いていたご年配の女性が私たちにこう言ってくれたんです。「私はこの近所に住んでいて、よくこの店の前を通るの。いつも思うんだけど、この店から出てくるお客さんは、みんな揃っていい笑顔をしているわね。私もそのうちこの店に来たいと思っているの」。私はうれしくて涙が出ました。今のやり方は間違っていないんだって。その後、女性は今でもうちに通っていただいています。