ゲノム編集とは? 人間の赤ちゃん誕生事例も
ゲノムを改変することを「ゲノム編集」と呼びます。主流となっている技術は「クリスパー/キャス9」によって個別のDNAを狙って編集するもの。遺伝子組み換え技術と比べて格段に成功率が高く、コストを大幅に減らせる上に対象生物も広範になりました。動植物の品種改良、創薬などで期待が高まっています。
しかし、問題もあります。中国の研究者・賀建奎氏によって、遺伝情報をゲノム編集によって書き換えた双子の女児が誕生したのです。世界中の研究者から非難の声が上がりました。
ゲノム編集された食品の安全性と規制
・外部から遺伝子を組み込んだ食品は「組換えDNA技術に該当し、規格基準に基づく安全性審査の手続を経る必要がある」
・外来遺伝子を含まない食品については、「自然界で起こる切断箇所の修復で起こる変化の範囲内であり、組換えDNA技術に該当しない従来の育種技術でも起こり得ると考えられる」ため届け出の義務化は見送る
という方針を示しました。
ゲノム編集に関わる倫理的問題
しかし、人間に対するゲノム編集は話が別です。
2018年11月のヒトゲノム編集国際会議に参加した賀氏は、研究の正当性を主張しつつ世界中の研究者からの非難等をかんがみて臨床試験の中断を公表。しかし、2019年1月には実験に参加した別の1組が妊娠中だということが明らかになりました。
日本ゲノム編集学会は、クリスパー/キャス9技術は「まだ開発されて間もない技術であり、⼈体での安全性および有効性を確認する基礎研究が進⾏中」であり、「今回の中国でのケースでは、国の審査どころか所属⼤学へすら報告せずに実施していたということで、研究の⾃由の範囲を逸脱して、被験者、特に⽣まれてきた⼥児の⼈権に⼤きな問題を起こす可能性がある」という非難声明を出しています。
受精卵のゲノム編集による子どもの誕生は多くの国で禁じられています。賀氏の中国でも、受精卵を使ったヒト胚研究は受精後14日までしか認められていません。
デザイナーベビー問題を描く映画『ガタカ』
ゲノム編集で親の望む容姿・能力・体質を持った子どもを誕生させることには、深刻な問題が含まれています。いわゆる「デザイナーベビー」問題です。
デザイナーベビーによって社会をどう変化するかは、アンドリュー・ニコル監督・脚本による映画『ガタカ』(1997年)が示唆的です。ゲノム編集を行わないのは親の無責任として非難される時代、自然な妊娠・出産による子どもは体質や能力の点から「不適正者」と呼ばれ、下級労働者として生きざるをえない社会になっていました。差別、裏取引、不適正者・適正者の抱える絶望などが描かれます。2011年にはNASAから「現実的なSF映画」の第1位に選ばれました。
優生学に関する人類の歴史も重要です。優生学を実践した社会では、「劣った遺伝子」を持つ人々が生殖を制限されたり、殺害されたりしました。日本も例外ではありません。
ゲノム編集にどう向き合う?
ゲノム編集技術の開発で食料問題解決や医療の発展が期待される一方、ヒト受精卵のゲノムを編集することも可能になりました。
しかし、ゲノム編集はまだ発展途上。自然界で起こる突然変異と同じ範囲の突然変異であるといえども、どのような問題を引き起こすかはまだ十分に予測できません。ヒト受精卵のゲノム編集は、デザイナーベビー問題にもつながります。
人々を不幸にする社会が実現しないよう、ゲノム編集の応用をどこまで認めるのか、私たち自身が現実的に考えなければならない時代になったのです。
・「「世界初のゲノム編集赤ちゃん」の正当性主張 中国科学者」、BBC NEWS JAPAN、2018年11月29日、https://www.bbc.com/japanese/46381383
・食品衛生分科会「その他の報告事項に関する資料 ゲノム編集技術を利用して得られた食品等の食品衛生上の取扱いについて」、厚生労働省、2019年3月28日、https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000494464.pdf
・一般社団法人日本ゲノム編集学会「ゲノム編集を実施したヒト受精卵から女児を誕生させたとの発表に対する懸念」、2018年11月30日、http://jsgedit.jp/wp-content/uploads/2018/11/statement_181130_1.pdf