「人にはそれぞれ自分が扱えるお金のサイズがある。」第3章[第6話]

小説『富者の遺言』
元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。"ファイナンシャルアカデミー代表"泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。
2017.8.4
「余裕がない状態、つまり、お金がない状態のとき、人はますます判断力が鈍る。すべてを自分の都合の良いように解釈しようとする。頭では考えなくなってしまうんだ。さっきの君のように急いでお金を使おうとする」
「仕方ないですよ。余裕がなくなるとは、首が回らない状態のことですから、それほど人間は強くありません」
 老人は大げさにかぶりを振った。
「ここまでの話の流れなら確かにそうだ。でもね、私は経験上、もうひとつの事実も知っている。

人間は分不相応なお金を持っていたら、 必ず間違いを冒すんだよ。

 たとえば、君はアメリカで実績を残したスポーツ選手が引退後、六割の人間が自己破産するという事実を知っているか?
 アメリカのプロスポーツ界というのは、ご存知の通り、とてつもなく巨額のギャラを選手に支払う。しかし、それは現役の間だけだ。引退と同時にどんな選手も収入が途絶える。成功した多くの選手は、この一生分のお金をどう使おうか迷うだろう。
 なかには、そんなことを気にせず、現役時代と同じような派手な生活をやめられず、使い果たしてしまう人間もいる。でも、それは破産理由のひとつでしかない。だって、人間の欲求を満たす贅沢なんてたかが知れているからね。年間三〇〇〇万円もあれば、その多くは叶うだろう。
 ほとんどの連中は、最初のうちは気づかない。テレビやラジオでスポーツ解説の仕事をやり、しばらくはチヤホヤされた生活を続ける。だが、その仕事も数シーズン過ぎる頃には、より新鮮な引退選手に取って代わられるだろう。やがて、ある年、税金を払った後に、連中は初めて気づくんだ。

“ロ座からお金が減り続けている!”

 この恐怖は、体験しないとわからないだろうな。彼らには同情する。お金のことを何も知らない若いうちから、大金を与えられ、周りには、自分のことをチヤホヤ褒める人間ばかり。持っているお金にふさわしい行動をしていたら、自然と贅沢な行動になるだろう。
 しかし、それは現役時代までだ。右肩上がりで増えていた残高は、ここでターニングポイントを迎える。引退後も、スポーツメーカーとの契約やテレビラジオの仕事で収入が減らない人間なんて、本当にひと握りさ。大多数の選手は、現役時代と比べ物にならないほど少ない収入と現役時代と同じような浪費のギャップに苦しむ。
 そして、本当の破産の原因は、そのプレッシャーに悩みながら、投資をすることなんだ。
 投資をすることが間違っているわけではない。でも、そういう場合、必ずといっていいほど、間違った投資をしてしまう。正常な人間だったらやらないような、リスクの高い投資を行い、周りの人間に薦められるまま、高い買い物をする。「必ず儲かるから」と言われた投資アドバイスを真に受け、リスクを真剣に考えようとしない。まるで、現役時代のように”逆転ホームランを自分は打てる! この賭けに勝って、自分はもう一度輝くんだ”、と都合良く自分に言い聞かせてしまう。
 スポーツの世界ではそういったポジティブ思考が選手を成功に導く理由はよくわかる。それは、選手本人の問題だからだ。しかし、お金の世界はもっとシビアだ。
 自分がベストプレーをしたとしても、他の原因で負け試合になることがある。そして、残念ながら、元プロスポーツ選手が投資の世界で逆転ホームランを打ったなんて話は聞いたことがない。連中は結局、高い授業料を払うことになる」
「おかしな話ですよね。つつましやかに生活を送っていれば、一生食べていくのに困らないだけのお金を持っているのに。でも、それはやっぱり、派手な生活をやめられなかったり、勝負事が好きだったりするからじゃないですか? 僕には、その話は自業自得な印象を受けます」
「いやいや、事はそれほど単純じゃない。お金には不思議な力があると話したろう。 そして、

人にはそれぞれ自分が扱えるお金のサイズがある。

 つまり、それをオーバーしたとき、それはお金がない状態と同じように、余裕がなくなり、正常な判断ができなくなるんだよ」
 老人は一息つくと、僕の顔を覗き込んできた。
 まるで、お前ならわかるだろう、と、僕の心を見透かしているようだった。
(毎週金曜、14時更新)

泉 正人

ファイナンシャルアカデミーグループ代表・一般社団法人金融学習協会理事長

日本初の商標登録サイトを立ち上げた後、自らの経験から金融経済教育の必要性を感じ、2002年にファイナンシャルアカデミーを創立、代表に就任。身近な生活のお金から、会計、経済、資産運用に至るまで、独自の体系的なカリキュラムを構築。東京・大阪・ニューヨークの3つの学校運営を行い、「お金の教養」を伝えることを通じ、より多くの人に真に豊かでゆとりのある人生を送ってもらうための金融経済教育の定着をめざしている。『お金の教養』(大和書房)、『仕組み仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、著書は30冊累計130万部を超え、韓国、台湾、中国で翻訳版も発売されている。一般社団法人金融学習協会理事長。

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