2018.1.5
「先月の売り上げがどうしたんだ?」
「おにぎりの廃棄損が増えているが」
「それは、先月から新店舗の開店準備に向けて、クリームおにぎりの出荷数を増やしているんだ。だから廃棄損も増えている」
「増やすってどうやって増やしているんだ?」
「外部の業者に一括して、炊飯を任すことにしたんだ」
「は? どうしてそんなことをしたんだ?」
「どうしてって、これからもっと米の量が必要になる。店舗が増えれば仕方ないだろう。どこかのタイミングで外部に委託しなかったら、各店舗で炊飯までやってられない!」
「でも、炊きたての米でおにぎりを作るというのもコンセプトのひとつだったろう?」
「それはフランチャイズ展開を見据えた最終的な目標だろう。今はチャンスだと思うんだ。スピードを上げて、一気にメジャーになるんだ。そうすれば、お前の取り分も増えるんだぞ」
大谷は僕のやり方に不満があるようでしたが、それ以上は何も言わなかったし、実際のマネージメントを僕に一任している以上、僕も言わせなかった。
「おにぎりの廃棄損が増えているが」
「それは、先月から新店舗の開店準備に向けて、クリームおにぎりの出荷数を増やしているんだ。だから廃棄損も増えている」
「増やすってどうやって増やしているんだ?」
「外部の業者に一括して、炊飯を任すことにしたんだ」
「は? どうしてそんなことをしたんだ?」
「どうしてって、これからもっと米の量が必要になる。店舗が増えれば仕方ないだろう。どこかのタイミングで外部に委託しなかったら、各店舗で炊飯までやってられない!」
「でも、炊きたての米でおにぎりを作るというのもコンセプトのひとつだったろう?」
「それはフランチャイズ展開を見据えた最終的な目標だろう。今はチャンスだと思うんだ。スピードを上げて、一気にメジャーになるんだ。そうすれば、お前の取り分も増えるんだぞ」
大谷は僕のやり方に不満があるようでしたが、それ以上は何も言わなかったし、実際のマネージメントを僕に一任している以上、僕も言わせなかった。
「お前、なんか変わったな。コンビニの話を蹴ってから焦ってないか?」
「それより、お前もコンサル業だろ。何か今の米角に伝えることはないのか?」
「いや、お前がやってることは正しいと思うよ。ただ、スピードの出し過ぎには気をつけろよ」
「それより、お前もコンサル業だろ。何か今の米角に伝えることはないのか?」
「いや、お前がやってることは正しいと思うよ。ただ、スピードの出し過ぎには気をつけろよ」
「そんなことは言われなくてもわかってるさ。葉山は新店舗オープンに向けて、新メニューの開発に力を注いでいる。お前もコンサル業なんかやめて早くこっちに来ないか? こっちは面白いぞ」
「ああ、それはお前を見てたらわかるさ。自信がなかった頃のお前に比べれば、目の輝きが雲泥の差だ」
「ああ、それはお前を見てたらわかるさ。自信がなかった頃のお前に比べれば、目の輝きが雲泥の差だ」
僕は、店の業態のあり方を急激に変えていきました。
拡大化と効率化を一気に押し進めるために、人に任せる部分は任せると割り切って、新店舗の開店準備を進めていきました。
拡大化と効率化を一気に押し進めるために、人に任せる部分は任せると割り切って、新店舗の開店準備を進めていきました。
葉山はこの急激な変化に対して、少し心配していました。
「社長、外部に任せていた米なんですが、少し味が落ちるようです」
「それは仕方ないだろう。今まで、最高級の米を、最新式の炊飯器で炊いていたんだ。米は同じなんだから、問題はない」
「そうですか……」
「クリームおにぎりの肝はクリームの部分だ。クリームは今までどおり君のレシピで作り続ける。ここに関しては一切の妥協はない!」
「社長、外部に任せていた米なんですが、少し味が落ちるようです」
「それは仕方ないだろう。今まで、最高級の米を、最新式の炊飯器で炊いていたんだ。米は同じなんだから、問題はない」
「そうですか……」
「クリームおにぎりの肝はクリームの部分だ。クリームは今までどおり君のレシピで作り続ける。ここに関しては一切の妥協はない!」
*
老人は僕の方も見ずに、ただ自分の前を通り過ぎる人影を追いながら、無造作に尋ねた。
「なぜ、起業するときはあれほど、こだわった自己資金という縛りをあっさり解いて、銀行から借り入れをしようと思ったんだい?」
「なぜ、起業するときはあれほど、こだわった自己資金という縛りをあっさり解いて、銀行から借り入れをしようと思ったんだい?」
「ひとつにはタイミングを逃したくなかったのです。クリームおにぎりの今の人気に乗れば、僕らはもう一段階上の成功をつかめる。それには今、出店攻勢をかけるしかない。クリームおにぎりがいくら人気だからといって、地方にある評判の良い店でしかありません。コンビニの話を断ったときに、今が事業をジャンプアップさせるタイミングだと悟ったんです。のんびり自己資金がたまるのを待つよりも、いっそ銀行からお金を借りて、自己資金にレバレッジをかけて、大きな勝負に出るときだと思ったのです」
「最初と言うことがずいぶん変わっているな。それは気づいていたか?」
「実際にお金を稼いで、店の実績が積み上がっていくごとに、扱うお金の額が飛躍的にあがっていきました。二〇〇〇万の借金なんかはすぐに返せる額のつもりになっていました。実際に月々の支払いは予想売り上げに比べれば微々たるものでした。
そのとき僕はもう少しで成功した経営者の仲間入りができると思っていました。まさか、最初にやった事業がここまでうまくいくなんて誰も予想していなかったでしょう。僕の妻でさえも」
「その頃、奥さんとは話をしていたのかね?」
「いえ、家に帰ってもほとんど、米角のことで頭がいっぱいで…、何も話ができていませんでした」
「じゃあ、借金のことも、奥さんには話さなかったんだね」
「はい 、妻には事業のことは話していませんでした。ただ毎月の貯金の口座額が増えることで妻を満足させていると思い込んでいました」
この頃の妻は、僕の事業のことよりも娘の愛子のことで頭がいっぱいでした。
「実際にお金を稼いで、店の実績が積み上がっていくごとに、扱うお金の額が飛躍的にあがっていきました。二〇〇〇万の借金なんかはすぐに返せる額のつもりになっていました。実際に月々の支払いは予想売り上げに比べれば微々たるものでした。
そのとき僕はもう少しで成功した経営者の仲間入りができると思っていました。まさか、最初にやった事業がここまでうまくいくなんて誰も予想していなかったでしょう。僕の妻でさえも」
「その頃、奥さんとは話をしていたのかね?」
「いえ、家に帰ってもほとんど、米角のことで頭がいっぱいで…、何も話ができていませんでした」
「じゃあ、借金のことも、奥さんには話さなかったんだね」
「はい 、妻には事業のことは話していませんでした。ただ毎月の貯金の口座額が増えることで妻を満足させていると思い込んでいました」
この頃の妻は、僕の事業のことよりも娘の愛子のことで頭がいっぱいでした。
*
「今日も病院に行ってきたけど、愛子の身体の具合が一向に良くならないの」
「医者はなんて言ってるんだ?」
「県南の大きな病院にうつってみるのはどうか?と言ってきたわ」
「わかった、お金のことは心配しなくてもいい。愛子にとって一番最良の選択をしてやろう」
「そうね。あなたが今一番大変な時期なのはわかるわ。あなたも身体に気をつけてね」
「医者はなんて言ってるんだ?」
「県南の大きな病院にうつってみるのはどうか?と言ってきたわ」
「わかった、お金のことは心配しなくてもいい。愛子にとって一番最良の選択をしてやろう」
「そうね。あなたが今一番大変な時期なのはわかるわ。あなたも身体に気をつけてね」
*
僕は外で仕事をして、お金を稼いで、妻は家の中を切り盛りする。それが一番いいと思っていたのです。僕がそばにいたからといって、何かできたわけではありません。
「本当にそう思うのかい?」
「本当にそう思うのかい?」
僕は老人にそう言われて、言葉に詰まった。今から振り返ってみると、僕は娘のことをほっといて、自分の事業の面白さに夢中になっていただけなんじゃないだろうか。
「実際、成功した経営者の中には、家庭を犠牲にする人も大勢いる。それをもって君を責めるつもりはまったくない。事業というのは、それくらいのめり込まないと、成功しないということもあるだろう。だが、君がそもそもなぜ、事業を始めようか、と考えたところに立ち返ることも必要だったろう。扱うお金のレベルがあがったことで、君はそんな心の余裕をだんだんと失ってしまったようだ」
老人は僕から目線を外すと、何かを思い出したように遠くを見つめた。
「実際、成功した経営者の中には、家庭を犠牲にする人も大勢いる。それをもって君を責めるつもりはまったくない。事業というのは、それくらいのめり込まないと、成功しないということもあるだろう。だが、君がそもそもなぜ、事業を始めようか、と考えたところに立ち返ることも必要だったろう。扱うお金のレベルがあがったことで、君はそんな心の余裕をだんだんと失ってしまったようだ」
老人は僕から目線を外すと、何かを思い出したように遠くを見つめた。
「その頃、M駅前店とK駅構内店のマネージメント
は誰がやっていたんだい?」
「任せられるところは人に任せていましたが、帳簿はずっと僕が見ていました」
「じゃあ、新しく開業する二店舗のマネージメントは誰がやる予定だったんだい?」
「それは、葉山のツテで大手飲食チェーンのマネージャーをヘッドハンティングすることにしたのです。名前はなんと言ったか忘れてしまいました。なんせ、すぐ辞めさせてしまったので」
「ほう、それはまたなぜ?」
「彼にはとても悪いことをしたと思っています。
新規オープンは、色々とやらなければいけないことも山積みで、本当に大変でした。目まぐるしく働くことで、不安を忘れてしまいたかった。ここさえ乗り越えれば、すべてうまくいくはずという思いだけで動いていたんです」
は誰がやっていたんだい?」
「任せられるところは人に任せていましたが、帳簿はずっと僕が見ていました」
「じゃあ、新しく開業する二店舗のマネージメントは誰がやる予定だったんだい?」
「それは、葉山のツテで大手飲食チェーンのマネージャーをヘッドハンティングすることにしたのです。名前はなんと言ったか忘れてしまいました。なんせ、すぐ辞めさせてしまったので」
「ほう、それはまたなぜ?」
「彼にはとても悪いことをしたと思っています。
新規オープンは、色々とやらなければいけないことも山積みで、本当に大変でした。目まぐるしく働くことで、不安を忘れてしまいたかった。ここさえ乗り越えれば、すべてうまくいくはずという思いだけで動いていたんです」
老人は、一言つぶやいた。
「傲慢だな」
「傲慢だな」
(毎週金曜、7時更新)
via amzn.asia