インターネット産業のアナリストとして勤務した後、ベンチャービジネスの世界に飛び込み、カブドットコム証券をはじめ数多くのITベンチャーの創業に携わってきた磯崎哲也さん。昨年より起業支援組織「Femto Startup」をスタートし、さらに今年4月には「Femto Growth Capital」を設立しました。新たな起業家支援策やベンチャー起業家のお金の使い方について、磯崎さんにお話を聞きました。
インターネット黎明期に、ベンチャーの世界へ飛び込んだ
神原
磯崎さんはITベンチャーの世界ではとても有名でいらっしゃいますね。私も会社のファイナンスで悩んでいたとき、複数の人から相談するようにすすめられたのが磯崎さんでした。現在の仕事に携わったきっかけなどを教えてください。
磯崎
大学卒業後、銀行系のコンサルティング会社である長銀総合研究所に入社し、都市開発やレジャーなどの分野で主に新規ビジネスのコンサルティングを行っていました。また仕事をしながら勉強して会計士の資格を取ったりもしました。あるとき、後に六本木ヒルズとなる六本木再開発の案件を担当し、インターネットに関する研究会の事務局を務め、そのあたりからインターネット関連の仕事に興味を持つようになりました。
神原
その後、ベンチャーに関わられたと?
磯崎
ええ。当時アメリカではイー・トレードというネット証券会社があり、すでに利益も出ていましたが、日本にはネット証券そのものがありませんでした。手数料自由化を目前に控え、「今後はネット証券の時代がくる!」と考え、会社を退職。現カブドットコム証券の社長である齋藤正勝さんとともに、同社の設立に参画し、資金集めを担当しました。それがベンチャービジネスに携わったきっかけです。その後、ネットイヤーグループでCFOなどを務めた後、01年に退職して個人事務所を開設して今に至ります。
神原
日本では起業家があまり成功しない、特に、連続して会社を興すシリアル・アントレプレナーが育ちにくいと言われていますよね。日本に足りないもの、必要なものとは何でしょうか。
磯崎
確かに日本ではベンチャーが育たないと言われることもあります。市場規模もシリコンバレーとは比べものにならないほど小さいです。しかし、私自身が携わってきた会社はカブドットコム証券やミクシィ、グリーなど成功した例が多いですし、特に日本の環境が悪いとは感じていません。楽天やDeNAなど、メガベンチャーへと成長した企業は意外とたくさんあって、アメリカ以外の国と比べれば、決して環境が悪いわけではありませんよ。
神原
おっしゃる通りですね。
磯崎
今では学生も含め若いうちからベンチャーに目を向ける人が増えています。投資銀行からベンチャー企業に転職する人もいて、そんなこと10年までは考えられなかったことです。
ベンチャー企業への助言から、一緒に汗を流す立場へ
神原
学生も「就職するなら大企業」などと考える人ばかりでなく、「自分の力でチャレンジしたい」という雰囲気が高まっているのですね!
磯崎
確実にそういう人が増えています。慶応大学SFCで卒業後の進路について聞いたところ、1位がメガベンチャー、2位が投資銀行、3位が自分で起業でした。SFCのような環境だと先輩にも起業家が多いので、自然と「自分でもやれる」という気になる。その連鎖反応が起こっているんだと思います。
先ほど神原さんがおっしゃったシリアル・アントレプレナーが出にくいという話ですが、ネット関連では成功例が出ていますよ。ベンチャーを成功させ、一生食べていけるほどの資産をつくった人は、この数十年間に数百人単位で出てきました。その人たちの中からエンジェルになる人があらわれて、新たなベンチャーに投資しています。
神原
起業家と一緒になってベンチャーを育ててお金を手にした人たちが、後から出てきた若い人に出資する。そういう人材が積み上がってきている段階なのですね。磯崎さんはこれまでベンチャー企業にファイナンスに関するアドバイスをするというお立場でしたが、ご自分が経営者となってお金を集めて回ったり、投資をしたりということはなかったのですか?
磯崎
少し前まではアドバイスだけでした。しかし2012年1月より、「Femto Startup LLP」(有限責任事業組合フェムト・スタートアップ)という、ベンチャーをサポートする組織を始めました。この組織では、アドバイスをするだけでなく、資金集めもするし、1社につき300万円程度の投資も行っています。さらに今年4月には、新生銀行100%出資の投資会社である新生企業投資株式会社とともに立ち上げた「Femto Growth Capital LLP」(フェムトグロースキャピタル有限責任事業組合)で、より大規模に数千万円から3億円の投資が行えるファンドを立ち上げました。
神原
新しいファンドを設立した狙いは?
磯崎
ベンチャーに数百万円から数千万までのお金を出資するエンジェルは増えてきました。しかし、その次の段階で、もう少し大きな額を出資する個人や会社はあまりありません。グーグルやフェイスブックは上場前に2千億円や3千億円を調達し、すでに大企業になっていた。日本でも上場前に大規模な資金を集められる仕組みがもっと必要だと考えたのが、Femto Growth Capitalをやろうと思った理由です。このファンドの出資総額は16億円。そのなかから1社につき最大3億円の投資を行うことにしています。
神原
だいぶ投資額が大きくなりますね。そういった大規模なベンチャー・キャピタル(VC)はあまりないのでしょうか。
磯崎
日本で、アーリーステージのベンチャーに億単位の投資をしているVCは6社くらいしかありませんから、その選択肢が一つ増えたことになります。Femto Growth Capitalでは、投資するだけでなく、役員などの立場で経営参画もします。しかも一般的なVCのように担当者がコロコロと代わるようなことはありません。
神原
確かに私の会社でも以前VCに出資してもらったことがありましたが、担当者が異動や退職などでよく代わるんですよ。
磯崎
Femto Growth Capital では私が経営に参画しながら長期間にわたりじっくりとサポートします。経営者にとってはファイナンスの苦労もなくなります。VCへの説明は社長自らやりますから、説明をしたり資料をつくったりするのに時間がかかり、アーリーステージの企業にとっては、その時間がとてももったいないんですよ。こういった仕組みがあれば、最短数週間で出資が決まります。経営者は資金集めに奔走することなく、本業に集中してもらえます。
神原
経営者にとってファイナンスは頭の痛い問題ですよね。私もお金を集めて回っているだけで、気づいたら何ヵ月も過ぎてしまったということがありました。
磯崎
当LLPのような仕組みがもっともっと広がれば、日本のベンチャー市場の規模も拡大すると思います。たとえばこれまでは、ライフネット生命保険の岩瀬大輔さんのようなファイナンスなどに超詳しい人でもなければ、億円単位以上の大きな金額を調達するのはなかなか難しかった。当LLPでは、そうしたイケてる起業家にいち早く目を付け、大規模な企業にまで成長をする手伝いをしていこうと考えています。
神原
とても楽しみですね! 実際の出資先は決まっていますか?
磯崎
第一弾として「cakes(ケイクス)」という、デジタルコンテンツ配信サイトを運営するピースオブケイクに出資しています。編集者として「もしドラ」をベストセラーにした加藤貞顕さんが興した会社です。同社はまずFemto Startup LLPから300万円の出資を受け、その後サイバーエージェント・ベンチャーズに投資していただき、さらにFemto Growth Capitalから出資を受けることになり、順調に成長してきました。今後さらなる成長に向けて私も役員として経営に携わっていきます。
「お金儲け」より「楽しいこと」優先が現代の起業家
神原
ご自身のライフプランについてはどうお考えでしょうか。
磯崎
「四十にして惑わず」と言いますが、39歳のときに、「40代をどう過ごしたらいいのだろう」と考えました。そこで、最高にワクワクする仕事として、ベンチャーの仕事を始めたわけです。しかし、だんだん「アドバイスしているだけじゃもの足りない」と思うようになってきた。そこでこれからの50代は、「自分もベンチャー企業にどっぷり浸かって一緒に成長していきたい!」と考えるようになりました。そんなときにちょうどFemto StartupやFemto Growth Capitalの話が出てきたわけです。ですから、今後しばらくはこれに力を注ぎます。
神原
その先のご予定は?
磯崎
その先は全く考えていません。僕はもともと人生の目標などを定めないタイプで、その時々で、最先端のこと、面白そうなことをやってきたらこうなっちゃったという感じなんです。10年後も予想できない時代ですから、将来自分がどうなっているかも考えていません。ただ、ベンチャー関係の仕事をしているだろうとは思います。
神原
ベンチャーのお仕事では若い人たちとのご縁が増えて楽しそうですよね。
磯崎
そうですね。今も一緒に働いている人たちは年下ばかりです。同年代の人たちと「こんな病気になって……」「今度のゴルフが……」なんて話をして盛り上がるより、年下のキラキラした人たちと付き合ったほうがよほど健康にいいんじゃないかと思います(笑)。
神原
ベンチャーの起業家が成功すると、莫大な資産を築きますよね。皆さん、どんなお金の使い方をしていらっしゃるのでしょうか。
磯崎
僕の知っている限りだと、数千万円の高級外車や時計を買ったりとか、銀座で豪遊したりとか、わかりやすく派手な使い方をしている人はいません。たぶん、「お金持ちになりたい」「社会を見返してやりたい」みたいな思いで起業家になった人が少ないからだと思います。「自分が一番楽しいことをしようと思ったらベンチャーだった」という感じで、その結果成功して、自然とお金が入ってきたという人ばかりです。そして稼いだお金で次のビジネスへ投資する、というのが、私の知っている彼らのお金の使い方です。
神原
ベンチャーで稼いだお金をさらに投資するという、いい循環ができているんですね。最後に30歳くらいの人に向けて、おすすめの本を教えてください。
磯崎
何がいいかな……。実はコンサルタント時代から、有価証券報告書など一次データに近いものを大量に読んで分析することが主な仕事だったので、あまり本を読む習慣はないんです。自分が若いときに読んだなかで覚えているものといえば、『孫子』(金谷治/岩波文庫)ですね。ベンチャー経営にとっても参考になりますし、人生のバイブルでもあります。
もう一つのおすすめは、拙著『起業のファイナンス』(日本実業出版社)です。企業とベンチャーファイナンスの知識を紹介した内容で、専門的なテーマを一般の方でもわかりやすく読めるように解説しています。起業に興味のある方はぜひ読んでみてください!
神原
本日はありがとうございました。
(本記事は、2013年06月10日にファイナンシャルマガジンに掲載されたものを再掲載しています)