経営計画づくりに社員を参加させたら経営者意識を持てるようになる?

「経営計画」の策定に一般社員を参加させ、その意見を取り入れる会社が増えています。社員が経営者意識を持ち、仕事のやらされ感が減り、目標達成に向けてやる気が出て業績にも好影響が出るといいます。指示待ち族も自ら考えて動ける人材に変わるそうです。

2019.9.3

一般社員も経営計画に関与する全員参加経営

会社の経営者が、社員に向けてこんな言葉を口にするのを、聞いたことはありませんか?
「経営者感覚を持って仕事をしなさい」
雇われる人(社員)が雇う人(経営者)の感覚を持てとはどういうことなのでしょうか? この言葉は実に幅広い意味を含み、口にする経営者によっては「ムダな経費を使うな」だったり、「商談には社員みんなの生活がかかっていることを意識して、安易な値引きに応じるな」だったりします。それは言い換えれば「社長のオレの身にもなってくれ」です。それよりもレベルが高度になり「成長する分野を見きわめて先手を打て」という意味だったら、「社員は会社の経営への当事者意識を持ち、中・長期的な視点で考えて行動してほしい」というニュアンスを帯びます。 その中・長期的な視点で考えるのは、本来は役員以上の経営陣の仕事で、「経営企画室」のような部署がそれを補佐して単年度の「事業計画」や3~5年間の「中期経営計画」を策定していました。そして営業部などの部長以下の社員は、現場に降ろされた目標の達成に向けてがんばればそれでよかったのです。軍隊にたとえれば、参謀本部(経営企画室)が立てた作戦(経営計画)を、最高司令部の高級将校(経営陣)が討議、承認して実行に移し、一方、前線の将校や兵士(部長以下の社員)は作戦(経営計画)に沿ってひたすら敵を倒すことに専念して、戦果(業績)をあげればそれでよかったのでした。これが昔ながらの日本の会社組織というものでした。
しかし今は、前線の将校(中間管理職)も兵士(一般社員)も「高級将校(経営者)の感覚を持ちなさい」と言われながら作戦(経営計画)の立案に参加する会社が増えています。最高司令部は参謀本部(経営企画室)のエリートだけでなく、現場で戦う社員も経営計画の策定に関与させようとします。これはよく「全員参加経営」と呼ばれています。

社員が経営者意識を持てるなどのメリット

では、現場の中間管理職や一般社員が会社の経営の「年度事業計画」や「中期経営計画」づくりに参加することで、どんな効果が期待されているのでしょうか? 実施している会社の例では、「ただでさえ業務が忙しいのに、余計な仕事をさせるな」とブーイングする社員は少数だといいます。たとえ一介の平社員でも、みんな会社の経営姿勢や経営方針についてひとこと、ふたことでも言いたいことがあるらしく、こんな形で経営に関わり、自分の意見を聞いてもらえるのを多くが歓迎しています。 社員にしてみれば、自分たちも策定に参加した経営計画だから、それに基づく指針や目標が現場に降りてきても「押しつけ感」「やらされ感」は小さく、目標達成に向けてやる気が出て、がんばれる。それが反映して会社の業績が良くなる。それが直接的な効果です。上場企業なら社員に会社の株を持たせ、業績に応じて収入が増える「ストックオプション制度」を組み合わせれば、より効果的です。
また、特に若手社員は「当事者意識」を持てることで、受け身の「指示待ち族」から脱皮して自ら考えて動ける人材になるという、人材育成面の間接的な効果もあるといいます。人材が育てば管理職は安心して権限委譲ができ、それが社員のやる気をさらに高めるという好循環が期待できます。それは今、問題になっている「若手社員の早期退職」を防ぐことにもつながるでしょう。 「でも、そんなことをしたら、社員がバラバラに勝手なことを言い出して収拾がつかなくなり、経営計画で大事なことが決められなかったり、妥協の産物ばかりになって、かえって会社の力をそぐのではないか?」 そんな心配をする人もいそうですが、議論が変な方向に向いたり、経営戦略がメリハリを欠いてあいまいになったりしないよう、社員を納得させながらうまくコントロールできるかどうか、経営者の器量が問われます。裏返せば、何でも自分で決めてやらせるトップダウンの〃独裁者〃のほうが楽でしょう。

わざとダメな計画案を出して参加を促す作戦

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経営計画策定に社員を参加させているのは、規模的には創業したてのスタートアップ企業や従業員500人以下の中小企業が多いのですが、実際に中期経営計画の策定に全社員を参加させた会社の面白い実例をご紹介します。 エーピーコミュニケーションズ(本社:東京)はシステム開発の会社です。2018年、2019~2021年の3カ年の中期経営計画を策定するにあたり、社員に意見を聞きました。 そのやり方は、会社側がまず「α版」として、わざと粗削りで表現に突っ込みどころ満載の文字通りの「たたき台」を提案することから始まります。それは「こんなのじゃダメだ」と社員の関心と活発な意見交換を促し、375人の社員の半数近い約160件の意見が集まりました。そうやって社員の意見を取り入れながら「β版」「Ver.1.0」と〃バージョンアップ〃しています。これはシステム開発で行われる「アジャイル」という手法の応用で、完成した計画は「アジャイル中期経営計画」と名付けられました。うまく乗せられた社員たちですが、アンケートでは90.8%が「良いやり方」と回答しています。 この例で、最初から経営側が完成度の高い計画案を提案していたら、「それでいいんじゃないですか」と社員の関心も参加率も低かったかもしれません。わざとダメな経営計画案をぶつけて社員が黙っていられなくし、結果的に「経営者感覚」を持ってもらうという作戦は、まんまと成功を収めました。
寺尾淳(Jun Terao)

寺尾淳(Jun Terao)

本名同じ。経済ジャーナリスト。1959年7月1日生まれ。同志社大学法学部卒。「週刊現代」「NEXT」「FORBES日本版」等の記者を経て、現在は「ビジネス+IT」(SBクリエイティブ)などネットメディアを中心に経済・経営、株式投資等に関する執筆活動を続けている。
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