2017年9月8日 更新

「チャンスさえあれば、僕ならもっとうまくできる」第6章[第11話]

元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。"ファイナンシャルアカデミー代表"泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。

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2017.9.8
平成23年11月11日19時
 さっきまではチラホラいた子どもの姿はいなくなり、周りは会社帰りのサラリーマンやカップルで溢れていた。都会の喧喋の中、まるでエアポケットに入り込んだように、僕らふたりの間には他とはまったく違う時間が流れていた。
「もともと、僕は地方の銀行に勤める銀行員で、審査課に在籍していました。顧客が持ってくる事業計画書や決算書をもとに銀行としていくら融資できるか、あるいは融資を断るかを審査する部署です」
「ほほう、それはまた立派なところにいたね」
「はは、名前だけは……。一日の大半は、真っ青な顔して来店してくる町工場のおっさんの相手ですよ。売れもしない在庫を大量に抱えて、どうしようもなくなって結局最後は泣き落としにやってくる。それを右に左にさばく仕事です。そのほとんどがどうしようもない連中で、経営が崖っぷちだというのに銀行にはベンツに乗ってやってくる。景気が良かった頃に買ったんでしょうがね。その当時の気分を引きずっているくせに金を貸してくれなんて……。とにかく金の使い方がほんとになっちゃいないんです」
「お金の使い方か……」
「そう、同じ銀行でも回収にまわされた連中は、もっと大変だったでしょう。僕らはよく文句言われましたよ。なんで、こんな条件を通したんだって。返済不能となって焦げ付く条件は、担当はもちろん審査課まで責任を取らされました。
 最初の頃は、事業計画書をよく読んでから融資の審査をしていましたが、次第に担保物件と連帯保証人の部分しか見ないようになりました。同じ部署の先輩方もそのようにしていたからです。
 結局のところ、銀行というものは、事業者にお金を貸して金利を頂戴しないと商売が成り立ちませんからね。業務内容や将来性をひとつひとつ丁寧に考慮していくよりも、担保の価値を見てそれに見合う額を貸すだけの単純作業になっていきました。回収のことを考えると、それが一番合理的なんです。そうなってしまえば、やりがいなんてあっという間になくなってしまいますよ。預貸率ってご存知ですか? どれくらいお客様から預かって、いくら事業者に貸し出すか、という比率ですが、うちの銀行の預貸率は五〇%ですよ。預かり資産の半分しか貸してない。預かったお金を事業者に貸さずに、せっせと国債を買って、国の借金を増やすお手伝いをしてたわけです。焦げ付くのが怖いから、どれだけ将来性があったとしても、担保や保証人を揃えられなければ、うちでは融資お断りでした」
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「銀行の仕事は本来、世の中のためになる仕事だよ。いうなれば、ガソリンスタンドみたいなものさ。ガス欠になりそうな企業にガソリンを注入して走らせる。ガソリンスタンドと違うのは、満タンがいいというわけじやない。多すぎても少なすぎてもいけない、一番エンジンの回転数が良くなるように、注意しながらガソリンを注入するんだ。
 でも、初めて車を運転する人相手だったり、車自体が故障しそうだったら、ガソリンを注入するにも注意が必要だ。
 君がやっていたのは、その運転者が事故をしないように、その車に不備がないか、見極める車検整備士のようなものだ」
 僕は、銀行の仕事をガソリンスタンドに喩えた老人のユーモアに笑ってしまった。
そうだ、バリッとスーツを着こなした銀行員といっても、特別すごかったわけじゃない。
「ところで……君は、そもそもなぜ、銀行に勤めようと思ったんだい?」
「やはり、給料がいいと思ったからです。僕はあまり裕福な家庭出身ではありません。大学に行くのも奨学金がなければ無理でした。だから、お金のことで苦労するのはもう嫌だったんです。それで、銀行に就職することにしたんです」
「銀行での君の評価はどうだっ たんだい?」
「僕のいた部署にはノルマはありませんでしたから、正確にはわかりませんが、まあまあといったところでしょうか。融資案件の焦げ付きもほとんどありませんでした。
 でも、仕事に慣れた三年目くらいから、段々と不満を覚え始めました。仕事で過ごしている時間がとてもくだらないものに思えてきたんです。僕は学生時代からコツコツと勉強をして、成績を上げるタイプでした。たしかに、銀行員の仕事は、性には合っていたかもしれませんが、どうにも釈然としないものを抱えていました。もちろん、お金を扱う職業ですから、世の中の理不尽な仕組みも身にしみてわかっていたつもりです。金持ちと貧乏人では、世間での扱われ方がまるで違う。僕は、金持ち側に行きたかった。銀行員は、金持ち側だと思われるかもしれませんが、所詮は、金持ちたちの使用人程度です。もちろん、銀行ですから、他の業種に比べたらお給料はいいですが、いつも相手にしている中小企業の社長たちの方が自分よりいい額を稼いでいることを知ったときには、モヤモヤとした感情が胸に生まれました。
 金がなくなったら、血相変えてウチに飛んでくるくせに、商売がうまくいきだすと、とたんに左うちわになっている。
 きっとチャンスさえあれば、僕ならもっとうまくできる、と思えたんです」
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「それは大きく出たね」
「もちろん、彼らが相応のリスクを取っていることくらい分かっていました。それでも、彼らのやり方は欠点だらけだった。僕のような立場だからこそ、それは手に取るようにわかった」
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泉 正人 泉 正人