2018.3.2
「そんな……、実際にあなたは失敗した人間じゃないから、そんな軽く言えるんです。マイナスからのスタートがどれだけ負担か。マイナス三〇〇〇万円ですよ」
「しかし、自分の大事なものと引き換えにするには、あまりにも安い金額だ」
「そうはいっても……」
「しかし、自分の大事なものと引き換えにするには、あまりにも安い金額だ」
「そうはいっても……」
「今から一年前の君はこの額は手の届く額だと考えたはずだ。そのときの君と今の君は外見上は何も変わらないだろう。変わったのは考え方だろう。
より多くのお金を得ようと君は平常心をなくして失敗してしまった。そして、お金を失って、また君は平常心をなくしている」
より多くのお金を得ようと君は平常心をなくして失敗してしまった。そして、お金を失って、また君は平常心をなくしている」
「それなら、僕はずっと、二店舗のおにぎり屋で満足しておけばよかったんですか?いや、そのずっと前、銀行員のままの方がよかったんですか?」
「誰もifの世界はわからないよ。しかし、お金を扱うことでしか、お金に関する経験は積めない。君が得たものはその経験だ。銀行員みたいに他人のお金じゃない、自分のお金を扱う経験だ」
「経験なんて金にならないでしょう」
「経験なんて金にならないでしょう」
「それはとらえ方の問題だ。君は、判断で間違えたと言っていたが、その経験は、君が今後判断するときに必ず役に立つ。一千万円の判断をした経験は、今後一千万円の器となって、君の中に残るだろう。次に一千万円が自分の手元に来たときはどうする? “もしも一億円あったら”なんていう夢物語の想像じゃない。きっとリアルなお金の使い方ができる。それは何物にも代えがたい経験だ」
「でも、もうそんなお金を手にすることはできないかもしれません」
「いや、そんなことはないだろう。これだけは本当に不思議な話だが、お金はその器を持っている人の元に集まるんだ。一億円の器の人には一億円が、一千万円の器の人には一千万円が集まる」
「にわかには信じられません」
「いや、そんなことはないだろう。これだけは本当に不思議な話だが、お金はその器を持っている人の元に集まるんだ。一億円の器の人には一億円が、一千万円の器の人には一千万円が集まる」
「にわかには信じられません」
「”お金というのは絶対に他人からやってくる”という話をしたね。お金は世の中を循環している流れのようなものだ。その流れの水を一時的に所有することができても、それをずっと所有することはできない。お金持ちという人種は、お金を必ず誰かに預けたり、貸したり、投資したりする。そのときに誰を選ぶか。もしも一千万円あるとして、その辺にいる中学生に投資するか?月給三〇万をもらって満足しているサラリーマンに預けるか?もしもそんなことをしたら、お互いが不幸になるだろう。だから、必ずその金額にふさわしい器を持った人間に渡すんだよ。それは紛れもない事実だよ」
僕はこの長い夜に聞いた話のひとつひとつを思い出した。
老人の伝えようとしたことのすべてを理解したとはとても言えないが、僕は彼が伝えようとしたお金の持つ不思議な危うさの一片を感じ取ることができた。もう少しこの老人から学べたら、すべてをつなげて考えられるかもしれない。
老人の伝えようとしたことのすべてを理解したとはとても言えないが、僕は彼が伝えようとしたお金の持つ不思議な危うさの一片を感じ取ることができた。もう少しこの老人から学べたら、すべてをつなげて考えられるかもしれない。
老人はおもむろに口を開いた。
「君にはひとり娘がいるといったね。愛子という名前の」
「はい、今、県南の大きな病院に入院しています。もう入院してから、ずいぶん経つはずです。
でも、僕には娘にしてやれることが何もない。お金があれば、してやれることがあったはずですが、今の僕にはそれすらもできない。もともと、離婚したのも、金銭的援助ができない以上、この国では、母子家庭にしておいた方が、援助を受けやすいという事情があるからです」
でも、僕には娘にしてやれることが何もない。お金があれば、してやれることがあったはずですが、今の僕にはそれすらもできない。もともと、離婚したのも、金銭的援助ができない以上、この国では、母子家庭にしておいた方が、援助を受けやすいという事情があるからです」
「君はいつまでお金の支配を受けるつもりだね」
「でも、今さらどんな顔をして会ったらいいんですか?お金も出さずに……」
「でも、今さらどんな顔をして会ったらいいんですか?お金も出さずに……」
「君は本当のバカになるつもりかね」
(毎週金曜、7時更新)