「目玉になるような商品を作らなきゃダメだ」第10章[第20話]

元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。”ファイナンシャルアカデミー代表”泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。

2017.11.17
 僕らは、ひとつのプロジェクトに向けたチームとして、だんだんまとまってきました。葉山が新しくチームに加入して、僕らが新たに調べ始めたのが、同業他社です。世の中には色々なおにぎり屋があります。沢山のおにぎり屋を見て回りました。もちろん味も含めてすべてチェックしました。いわゆるターミナル駅構内にあるおにぎり屋から、移動販売しているおにぎり屋まで。
 まず、おにぎりを買うのはどういう客層か?
 それを知るためにお店の前で、どんなお客が来るのか朝から晩までひたすら観察に没頭しました。まずターミナル駅構内にあるおにぎり屋の場合は、客層の多くはOLで、お昼のお弁当代わりに、出勤前に買っていくパターンが半分を占めていました。そういったお店のおにぎりは、一個売りからだいたいやっていましたね。カロリーを気にする女性にとって、丁度いいランチになるようにと配慮されていました。だいたい一個一五〇円くらいが平均単価で、お客の購買単価は平均して三〇〇円でした。
 新幹線の駅があるようなもっと大きなお店では、客層が少し違いました。出張で新幹線を利用するサラリーマンがお客の大半で、少し豪華なおにぎりも多くて、一個二〇〇円くらいのものがよく売れていました。
 おかずもセット売りしてるお店がほとんどで、だいたいおにぎり二、三個とおかずのセットがよく売れていて、購買平均単価は八〇〇円でした。
 駅構内ではない、商店街にあるような路面店も見て回りました。商店街にあるおにぎり屋は、本業の片手間にやっているようなお店も多く、それに自宅を店舗にしているせいか、商売の規模としても細々とやっているお店がほとんどでした。
 商店街ではむしろおにぎり屋じゃないもの、たとえば高級ハンバーガーチェーンなどの方が、自分たちのやりたいお店のイメージに近い感じがしましたね。高級ハンバーガーチェーンでは、激安のお店とどういう点で差別化をしているか、を参考にしましたね。差別化については、料理人の葉山が材料をこだわるべきです、と進言してきました。
「高級ハンバーガーチェーンは、やはり食材はいいものを使っています。高級おにぎりであれば、具材はもちろんのこと、米とそれを炊く水にもこだわるべきです。最初は一店舗のみですから、できることは、何でもやってみましょう」
「そうだな。あとは炊き方にもこだわった方がいいだろう」
「おいおい 、釜なんて用意できないから、そこは最新の炊飯器でいいんじゃないか?他の店でも味を再現できることを念頭に置かなきゃ」
 その後、食材については、葉山に一任しました。その方が彼のやる気にもつながると考えたからです。予想コストを考えた協議の結果、高級ブランド米を使い、米を炊く水にもこだわることができました。目指した単価は二五〇円です。ヘルシーフードとしての玄米も準備しました。
 高級おにぎりでいくためには、やはり、こだわりで勝負することにしたのです。
 僕らは、リサーチとメニュー作りに奔走して、毎日ヘトヘトになりながらも、一歩ずつ前進していました。足を棒のようにしながら歩き回って、わかることも多かったです。
 そうして決めた僕らのお店のキャッチコピーは、次の通りです。
“おむすびは、日本古来の縁むすび。
食べる健康。選べる楽しみ。あたたまる美味しさ。“
   *
「いいね」
 老人がそれは面白い! と膝を打った。
「ありがとうございます!」
 僕は、お店に立っていたときと同じように元気よく返事をした。
「ひょっとしたら、この頃が一番楽しかったかもしれません。銀行も辞めていたので、退職金を削りながらの生活でしたが……」
「器が中身を決めるからね。そこに時間をかけるのは大事だよ」
 僕は、老人にそう言われたことが嬉しくて、さらに話を続けた。
「はい、おにぎりの具材メニューについても、僕らは時間をかけて開発しました。定番の梅や鮭の味も何種類も作っては試食を繰り返していました。葉山はメニューの責任者である分、寝る間を削って、すごく力をいれていましたね」
「何か、いいものを作れたかね?」
 葉山は、新規参入だからこそ、何か目玉になるような商品を作らなきゃダメだと言って、ずっと色々な食材を試していましたね。
 そして、ある日、僕と大谷は呼び出され、あるひとつのおにぎりを葉山に試食で出されました。何も言わずにそれを食べると、
「……何だ? この食感は?」
 米粒と具材が一緒になって、口の中に爽やかな芳香が一気に広がりました。
 人工のフレーバーには出せない香りと自然で優しい味が舌を満足させてくれました。
「美味しいでしょ?」
 葉山が満面の笑みでこちらの顔を見ていました。反応を伺うというよりは、この味に感動する様を見てみたいという感じで、相当な自信作だったようです。
 それが、クリームおにぎりとの出会いでした。
(毎週金曜、7時更新)
]]>