「私は君のジョーカーとして、ここに現れた。」富者の遺言[第10話]

小説『富者の遺言』
元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。"ファイナンシャルアカデミー代表"泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。
2017.9.1
「反対にお金のない人は……」
「今の君がそれに当てはまるかどうかはわからないが、お金のない人の特徴は、猜疑心が強く、人をなかなか信用せず、人のあら探しをする。

人を信用できなければ、信用は得られない

 にもかかわらず、だ。自然とお金の流れは、その人間を避けて通るようになる」
「しかし、お言葉ですが、お金持ちでも、人を信用して編されることがあるでしょう。とくにお金を持っていれば、世の中の詐欺師たちがこぞって、そんなお人好しのお金持ちの元を訪れる。それで破産した人だって、いないわけじゃない。そういう話は以前もどこかで聞いたことがありますが、それは理想論のように聞こえます」
「物事というのは決して一面だけから成り立っているわけではない。私は誰でも彼でも信用しろ、と言っているつもりはない 。信用度というのは、その人の持っている人格に比例すると思っている。これはシビアな現実だが、信用する人、信用される人は常に同じ階層にある。同じ意味で、編す人、編される人も、だ。君は何をもって人を信用する?今はまだ私の話が信じられなくても、これだけは覚えておいて欲しい。

君が相手を信じられない場合、 相手も君を信じてくれないだろう。 信用がお金に変わるなら、信じてくれる相手がいるだけでそれは財産なんだよ」

 僕は、今までの過去を振り返った。失敗を重ねた今、僕の信用度は老人の言う通り、最低だろう。一年前には、僕にも信頼の置ける友人たちがいたが、僕は彼らを裏切ってしまった。この一年間、あらゆる所から、お金を借りてしまい、もう貸してくれる所がなくなったとき、僕は彼らに助けを求めた。彼らは、何も言わず貸してくれたが、返すアテがない今、彼らに合わす顔がない。僕は信用を悪用してしまったのだ。そのくせ、僕は自分の境遇を嘆き、自分には非がないとばかりに、周りを恨んだり、ひがんだりしている。
「結局のところ、信用のあるところでしかお金は生まれない。お金の成り立ちを見てもそれは明らかだ。君は多くの失敗をしたようだが、もう誰かに信じてもらうことは諦めるかい?」
 僕は答えに困った。
「人には信じてもらいたいですが、それは難しいかもしれません。それに、自分でも今の僕は、信じられるに足る人間ではないと思います」
「大丈夫だよ、今はまだ。人生は一瞬にして変わる。私は君のジョーカーとして、ここに現れた。これまでの話で疑間に思った点はあるかい?」
 僕は老人の話を思い出した。
・お金で間違いを冒すのは、タイミングと選択を間違えるから
・お金というのは、その人にとって扱える上限と下限がある(最適な温度がある)
・お金を取り扱う能力は、扱う経験を増やすことでしか上がらない 。
・お金は人を映す鏡
・お金は信用が姿を変えたもの
 そのどれもが、僕には耳の痛い話だった。
 だけど、今の僕が役立てられる話はなさそうだ。そもそも借金まみれの男に何ができるのか。もう、友達もこんな僕のことは信用してくれないだろう。僕は、失ったものの大きさに頭を抱えた。僕が信じられるのは、もう家族しかないはずだったが ……。ここは長い年月がかかっても、自分ひとりでコツコツ返していくしかないのだ。その長い道のりを思って、僕は気が遠くなった。
「いえ、どれも納得のいく話でした」
「さっき金持ちは約束を守ると言ったね。実のところ私は君を救いに来たんだ」
「僕を救う?……なら、借金を肩代わりしてください 。あはは……そんなのは無理で
すよね」
 僕の軽口に、老人はさっと顔色を曇らせた。
 老人の顔にさっきまでの柔和な表情は消えていた。
「君は、私のことをどうやら信じないようだね」
「そりゃ、そうですよ。突然誰かもわからない人が、なぜ僕を助けるんですか? 信じろ、 という方が無理な話です」
「私が現金三〇〇〇万円の入ったスーツケースを持っていたら、信じるかい?」
「……すいません。気を悪くされたのなら謝ります。でも、だって、そんな話……」
「たとえば、今の君に現金三〇〇〇万円を渡したとしよう。それを君はどう使う? きっと借金返済に使うだろう。だけど、その後も人生は続く……。そして、また同じ失敗を繰り返すんだ。お金に翻弄される多くの人間が辿る道だ」
「そんなことはないです! きっと、もう一度チャンスがあれば……」
「チャンスがあれば、なんだね?」
 この老人の前で、僕は咬呵を切る勇気が出なかった。
 もう一 度過去に戻って、やり直せたとしても結果は同じような気がした。
「ご老人、いや、ジョーカーさんで良かったですか。僕の話を聞いてくれませんか?
僕がなぜ、いま、ここで途方に暮れていたのか。ジョーカーさんに聞いてもらいたいのです」
 広場の周りではデパートのイルミネーションが輝いていた。空はすでにもう真っ暗になっていたが、ライトアッ プされた照明が僕らふたりを明るく照らしだしていた。まだこの老人が何者かわからなかったが、僕はこの三年間であった出来事を打ち明けてみようと心に決めた。不思議と寒さはもう感じなかった。
(毎週金曜、14時更新)

泉 正人

ファイナンシャルアカデミーグループ代表、一般社団法人金融学習協会理事長

日本初の商標登録サイトを立ち上げた後、自らの経験から金融経済教育の必要性を感じ、2002年にファイナンシャルアカデミーを創立、代表に就任。身近な生活のお金から、会計、経済、資産運用に至るまで、独自の体系的なカリキュラムを構築。東京・大阪・ニューヨークの3つの学校運営を行い、「お金の教養」を伝えることを通じ、より多くの人に真に豊かでゆとりのある人生を送ってもらうための金融経済教育の定着をめざしている。『お金の教養』(大和書房)、『仕組み仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、著書は30冊累計130万部を超え、韓国、台湾、中国で翻訳版も発売されている。一般社団法人金融学習協会理事長。

STAGE(ステージ)