2018.11.15
マナーとしての持ち物の使い分け
20代の頃、老舗の高級クラブに勤めたことがあります。半年だけでしたが、バーテンダーとスナックのホステスしか経験がなかった私にとっては新鮮な体験でした。
クラブのお客様は3種類に分かれます。富裕層と富裕層予備軍、そしていわゆる成金といわれるタイプです。
ここでいう富裕層予備軍は、単純に富裕層が連れてくる人、その紹介で訪れる人を指します。後継ぎだったり出世候補だったりしますが、初めて訪れたのに最初から「場慣れ」しているのが特徴です。
成金といわれるタイプには悪いイメージが浮かびますか?実際は、虚勢を張るけれど人なつっこく、一番親しみやすかったように思います。ただ、見事に持ち物とファッションがいつも同じテイストで、キラキラあるいはギラギラしていました。
富裕層の時計やかばんは基本的に国産品で、ロレックスよりグランドセイコーですし、かばんとスーツも国内のオーダー品です。世代のせいかと思いましたが、私服で奥さまとデート帰りに寄るときは、おそろいでオメガの時計を着けています。
そうか、グランドセイコーはビジネス用なのか。今夜はセリーヌの新作を持っている奥さまも、普段は皇室御用達ハマノのバッグかもしれない。そういえば、この店のママもパーティーではクジャクみたいなのに、結婚式と祝賀会だけは地味だな。
そんな考えをめぐらせながら、若かった私はTPOで持ち物を使い分けるというマナーを学びました。
経済を「回す」という意識が強い
近所の商店(としか言いようのない食品や日用品を売っている店)が100円ショップになりました。ゴミ出しのついでに近所の主婦と喜んでいたら、70代のAさんだけが浮かない顔でつぶやきました。
「あの店の子どもたち、まだ小さいのにフランチャイズなんて大丈夫かねえ」
「たまのバーゲンはいいけど、いつでも安いのは景気を悪くするんだよ」
庶民の代表のようなおばちゃんが、実は町内一帯の大地主ということはよくあります。気さくなAさんは、まさにそのケースでした。はじめは、近所のよしみで商店主の家庭(家計)を心配しているのだと思っていましたが、しばらくして、あれはデフレについて話していたのだと気がつきました。
安く物を買えると、物の価値が下がります。そこでどうするか?まず浮いたお金を貯めこみます。だってお金の価値は物より上なのだから、使うともったいないのです。そして私たちは、もっと安い物を探すのではないでしょうか。
一方、定価で買った物には、少なくともお金と同等の価値が与えられています。そこでどうするか?まず大切に使います。だってお金と同等の価値なのだから。そして次もやはり、お金と同等の価値がある物を買うのではないでしょうか。
やがて品物自体にお金以上の価値が……と続けるとインフレの話になるので省略しますが、Aさんは町内がデフレ化して経済が回らなくなることを憂(うれ)いたのでしょう。消費者の視点しか持たない私に比べ、彼女は経済を回す側の視点だったのです。
マニアック、またはセミプロ級の趣味
お付き合い程度のレベルなら、富裕層は幅広い趣味に対応できる経験値があります。だから、3つ目の特徴は少しわかりづらいです。たとえば、正しい作法でお茶をいただけるから茶道が趣味というわけではないし、ゴルフやスキューバダイビングの初心者でなくても、それが趣味とは限りません。
なぜそこまで打ち込むんだろう?というのが富裕層の個人的な趣味です。また、必ず早いうちにスケジュールに組み込み、その予定を死守します。結果的に、マニアやセミプロの域に達するのは当然といえるでしょう。
前述した高級クラブで知り合った富裕層には、毎年1カ月間泊まり込みで座禅をするというご夫婦や、仕事は現役なのに陶芸好きが高じて個展を開く人がいます。私には、没頭することで心身のバランスを取っているように見えます。もしかして富裕層にとっての趣味とは、ライフワークと同義語なのかもしれません。
3つの特徴から見えてくるもの
虚栄心よりTPOに合わせた身だしなみを重んじる。消費者が最強!のマスコミに踊らされない。情緒の安定は自力で保つ。3つの特徴から見えてくるのは、一見控えめな富裕層も、実は相当意志が強いということではないでしょうか。