2017年12月20日 更新

〈岸田周三〉静かなる情熱で次なるSTAGEの扉を開ける、若きフレンチのカリスマ

「お金とは、食材のようなもの。(岸田周三)」

2016.1.18
それは、喩えていうなら打ち上げ花火に似ているかもしれない。お客様が来店する何時間も前から丁寧に低温でローストされた素材は、口に運ばれるその瞬間に、最高に美味しい状態となって大輪の花を咲かせ、広がっていく。

ミシュランの三ツ星を獲得し、国内外の食通を魅了し続けている「カンテサンス」のオーナーシェフ・岸田周三。“華麗な芸術美”とも称される打ち上げ花火が繊細かつ高度な職人技に支えられているように、岸田の生み出す芸術的な料理もまた、その一瞬のために全神経を集中させる、ひたむきな努力の結晶だ。

静かだけれど、決して途絶えることのない情熱で、ひとつひとつ次なるSTAGEの扉を開けていく──そんな岸田の素顔に迫った。

■「カンテサンス」を「何かのついで」にはしてほしくない

品川御殿山。いまや日本を代表するフレンチレストランである「カンテサンス」は、そのオフィスビルの角地にひっそりと佇んでいる。2006年5月、白金台に「カンテサンス」をオープンしてから7年。自らが理想とするレストランを実現すべく、2013年8月にここ御殿山で新たなスタートを切った。

最寄り駅である五反田駅からも、品川駅からも約1kmの距離がある。“立地が命”と言われる飲食業界において異例ともいえる選択には、やはり恐怖心がつきまとった。「どの駅からも遠いし、それまでの港区ではない品川区というポジション。本当に飲食店のニーズがあるのかな、と不安でした」。

しかし、それは岸田にとって願ってもいない挑戦でもあった。「例えば銀座なら、買い物をしたあとに食事をするといったニーズが確実にある。でも僕は、できればカンテサンスを目的として来てくれるお客様に対して料理を作りたかった」。
何かのついでとか、何かに近いからという理由でそのレストランを選ぶのではなく、「カンテサンスで食事をすること」そのものが、お客様にとっての大事なイベントとなる──それが岸田の目指す「カンテサンス」のあるべき姿なのだ。

実際、そのための努力は惜しまない。

「カンテサンス」の特徴のひとつでもある「Menu carte blanche(白紙のメニュー)」は、今もなお健在だ。初めて訪れた人は、このサプライズに心を躍らせるに違いない。
メニューは、「おまかせコース」ただひとつのみ。“おまかせ” といっても、その日に仕入れた食材を最高の料理に仕上げる、といった意味合いだけではない。どんなお客様が、誰を連れて来店するのか。いつ以来の来店なのか。どんな嗜好があるお客様なのか。そういったことをすべて踏まえたうえで構成される、そのお客様のためだけのオリジナルのコース。だからこそ、口に運んだ瞬間に感動が生まれ、お客様にとって忘れられない食事になる。

■将来の夢に「食通になりたい」と書いた

岸田の「ひたむきさ」は子どもの頃からの肝入りのようだ。

中学生の頃、映画『ハスラー2』に出演していたトム・クルーズに触発されてビリヤードを始めた。プロにこそならなかったが、プールバーと呼ばれるビリヤードホールに足繁く通い、腕を磨いた。その後、料理の道を志すことになり、両立が難しかったためにやむなくやめたというが、「一度こうだと思うと徹底的にハマる、思いこみの激しいタイプ」と自認する。

「やっぱりこの業界、どれだけ打ち込めるかが大事。センスももちろん必要かもしれないけれど、やっぱり誠実さやどれだけ丁寧に時間をかけたかが、料理の内容にはっきり反映されると思っているので」と岸田は照れ笑いする。「そういう意味ではあんまり近道はないっていうんですかね、そういう職業だと思っています」。低温長時間ローストへの飽くなきこだわりが、言葉よりもその重みを醸し出す。

岸田と料理との出会いは、母親がもたらした。料理好きだった母。岸田家の食卓には、既成品を使わない手作りの料理が並ぶのが日常だった。共働きであったため、母が帰宅すると、みんなで分担しながら料理を作った。当時の岸田は、小学校低学年。「料理の世界に踏み込んだというより、物心ついたときから当たり前に生活の中にあった」と当時を振り返る。

娘と一緒に料理をするのが夢だったという母の想いに反して、生まれたのは3人の息子。それでも母はめげずに息子たちを料理教室に連れて行ったが、上の2人は料理にまったく興味を示さなかった。その中で唯一、母の思惑通りに料理好きになったのが、末っ子の岸田だった。

小学校の卒業文集には、将来の夢として「食通になりたい」と書いた。今思えばそれは職業ではないけれど、はからずも「コックさんになりたい」と書くよりは今の岸田の姿の本質をついているようにも思えるのは気のせいだろうか。

■ずっとフランス料理一筋でここまで来た

フレンチを志すきっかけになったのは、中学時代の誕生日のお祝いだ。「フランス料理店に連れて行ってもらったんです。愛知県にあるアール・デコ様式のすごく古いクラシックなフランス料理店だったんですけどね」。そのときに、フランスの文化に初めて触れ、「すごいショックを受けた」という。「やっぱり華やかじゃないですか、フランス料理って。こういう料理が作れる料理人になりたいな、とそのとき思って、それからフランス料理一筋。そこからぶれたことはないですね。どの道でも、いろんなことに手を出すよりも、1つに絞ってこの分野だったら誰にも負けないっていうものを持ったほうがいいのかなっていうのがあって」。若くしてそんなふうに悟れるのも、岸田の冷静でひたむきな性格のなせる技なのかもしれない。

その後、料理科のある高校に進学し、卒業後は最初の修業先となる志摩観光ホテルのレストラン「ラ・メール」に就職をする。当時、地方で成功している唯一のフランス料理店。もちろん扉は簡単に開かない。夏休みに住み込みのアルバイトをしながら顔を売り、なんとか勝ち得た就職だった。

就職後は、同期がひとり、またひとりと辞めていくなかで、必死でしがみついた。そして、修行をしながらも、時間を見つけては東京に行ってひたすらいろいろなフレンチを食べ歩いた。それから4年後の1996年には、「食べ歩いた中で料理の虜になった」という渋谷区のレストラン「カーエム」に転職。ここでも最初は何度か断られたが、あきらめずにアタックしているうちに扉が開いた。こうして、ひたむきさによって開かれたの扉の連鎖が、岸田の料理人としての輝かしいキャリアを築いていく。

■結果を出せばそれに見合った評価がついてくる

2000年、岸田は自らの舞台をフレンチの本場、フランスへと移す。「僕がフランスに渡ったのと同時期に、アストランスというレストランがオープンして、数カ月後にはミシュランで星を獲得したんです。その当時からここで働きたいと強く思っていて、食事に行っては、その都度お願いをしていた。でも、小さい店だからポストはないよと断られ続けて」。

しかし、チャンスは巡ってきた。何度も足を運び、顔を覚えてもらえた甲斐があって、「研修生だったらいいよ」と2ヵ月だけ働くことを許されたのだ。「2ヵ月という短期間ではあるけれど、とりあえず自分のできることはすべて全力でやってみよう」。そう心に決めて必死で頑張った。

その熱意と実力を認めてもらうのに大して時間はかからなかった。2ヵ月後には、研修が終わるはずの約束が、正社員として雇用された。そして翌年には、シェフに次ぐポジションのスーシェフ(副料理長)に就任する。「ちゃんと結果を出せばそれに見合った評価をいただける。文化の異なるフランス人であっても、そのぐらいは日本人と同じはずだと思っていたんです」。
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