キャリアアップか?チェンジか?「チェンジ」して「アップ」した渋沢栄一

キャリア
「キャリアアップ」「キャリアチェンジ」の違いがわかりますか? 専門性を磨くキャリアアップと比べると、専門性をご破算にして一から出直すキャリアチェンジは覚悟とエネルギーが必要ですが、幕末、明治の激動の時代、両方やってのけたのが渋沢栄一でした。
2019.11.4

キャリアアップとキャリアチェンジの違い

あなたはビジネスパーソンとして、どんなキャリアパスを目指していますか?
同じ職種、職場で、スペシャリストとして自分の専門性をひたすら磨く人もいれば、自分の専門性を武器に異なる職種、職場、企業を渡り歩いてキャリアを積む人もいますが、どちらもそれは「キャリアアップ」です。
一方、職種、職場をガラリと変えて一から再挑戦する人もいます。プロ野球選手から会社員になる、俳優から寿司職人になる、ミュージシャンからベンチャー企業を立ち上げる、離婚した専業主婦が陶芸作家になる、などです。19世紀、証券マンをやめて画家になったポール・ゴーギャンはまさに大先輩と言えます。
「華麗なる転身」と呼ばれるケースもあれば、試行錯誤、悪戦苦闘の末に活路を見出すケースもあります。一つの専門性をご破算にして別の専門性に乗り換えますから、それを「キャリアチェンジ」と言います。
たとえば金融機関から取引先企業に経理や財務の専門家として迎えられるケースは、専門性につながりがあるのでキャリアアップですが、会社員が伝統産業の漆職人になるのは、会社員の専門性と漆職人の技能に直接関係はないため、キャリアチェンジになります。
会社員時代の専門性や経験や人脈が漆塗りの新商品の開発や新しいビジネス展開で活かされるようなこともありますが、それは一人前の漆職人として認められた後の話です。

キャリアチェンジは大きな覚悟が必要になる

キャリアチェンジは、それまで磨いてきた専門性に見切りをつける覚悟、別の専門性に乗り換えて素人同然の低いレベルから出直して人一倍努力し、キャリアアップしていこうという覚悟とエネルギーが必要です。
ほとんど二軍暮らしのプロ野球選手、売れない俳優やミュージシャン、離婚した専業主婦などは「食べていかねばならない」という切迫感で過去に見切りをつけやすいのかもしれませんが、会社員ではどうでしょうか?
たとえば漆職人なら、大学出の30代の大人でも高校を卒業したばかりの18歳と同格か、それ以下の境遇からのスタートです。それがイヤな人、過去のキャリアへの気持ちの整理がつかない人などは、キャリアチェンジではなく多少でも自分の専門性を活かせるキャリアアップを目指したほうが賢明でしょう。
日本史には大きな「キャリアチェンジ」を果たし、その後の「キャリアアップ」もめざましくて名を残した人物がいます。
2024年発行新一万円札の「顔」に決まった2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公、明治の大実業家の渋沢栄一もその一人です。

「尊皇攘夷の志士」渋沢のキャリアチェンジ

現在の埼玉県深谷市出身の渋沢栄一は幕末、その頃の長州や薩摩や土佐には掃いて捨てるほどいた「尊皇攘夷の志士」の一人でした。
1863年、高崎城を乗っ取り、武器を奪って横浜の町を焼き討ちし、長州藩と結んで幕府を倒す計画を立てながら実行寸前に断念して京都へ逃げたといいますから、今で言えばテロリストです。明治維新まで生き残れば桂小五郎(木戸孝允)や西郷隆盛あたりに引き立てられて新政府の高官につけたかもしれませんが、その前に京都で新選組に斬られたり、「禁門の変」で長州軍に加わって討ち死にしていたかもしれません。
そうはならず1864年、渋沢はアッと驚く「キャリアチェンジ」を果たします。なんと知人の推薦で幕府の将軍後見職、一橋慶喜の家臣になり、慶喜が「徳川最後の将軍」になると幕臣に加わるという道を歩みました。かつて倒そうとした幕府の一員になったわけです。

1867年パリ万博の幕府代表団に加わってフランスに行っていた間に大政奉還、江戸城開城、明治新政府成立。おかげで多くの幕臣が命を落とした戊辰戦争に巻き込まれずにすみました。維新後はソロバン勘定に強い専門性を買われて新政府の大蔵省に勤め経済政策を担当しましたが、職場が幕府から新政府に変わってもこれはキャリアチェンジではなくキャリアアップです。1873年に大蔵省をやめた後は会社を次々に設立しては大きくし、実業家としてキャリアアップしていきました。

24歳の渋沢栄一青年が「幕府打倒を目指すテロリスト(革命家)→革命後の新政府の高官」というキャリアを断念し、旧体制側の将軍後見職、一橋慶喜の家臣という全く正反対な方向にキャリアチェンジした時、相当な覚悟があったはずです。しかも農家出身で、ソロバンはできても武士としては全くゼロからのスタートでした。
それを乗り越え、財政、経済という専門性を磨いて「幕府→明治新政府の経済官僚→実業家」とキャリアアップし、偉人としてその名を後世に残しました。

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寺尾淳(Jun Terao)

本名同じ。経済ジャーナリスト。1959年7月1日生まれ。同志社大学法学部卒。「週刊現代」「NEXT」「FORBES日本版」等の記者を経て、現在は「ビジネス+IT」(SBクリエイティブ)などネットメディアを中心に経済・経営、株式投資等に関する執筆活動を続けている。

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