学びに対する意識を正そう!論語で「学び方改革」

カルチャー
現代では、情報化社会により様々な媒体から情報が溢れ、知ることや学びに対し変化が起きつつあります。
この記事では、現在でも世界に生き続ける論語を現代の解釈で読み解き、学びに対しての意識を改め、学ぶ意欲がわくような論語の教えを3つ紹介します。
2918.7.29

過去の知見を学ぶことで視野を広げよう

為政第二-二七 子曰。温故而知新。可以爲師矣。

先師がいわれた。――
「古きものを愛護しつつ新しき知識を求める人であれば、人を導く資格がある。」
有名な温故知新の話ですね。
古いしきたりやルール、情報からしっかりと学びながら、新しく生まれているルールや情報を取り入れることで、年齢や立場に関係なく人を指導し、学びやすい環境を作れる、
また、世代に関わらず、コミュニケーションを通じて尊敬し合える、と読み解けます。
孔子はこの他にも「十代も後のことが果してわかるものでございましょうか。」という問いに対して、
「わかるとも。殷の時代は夏の時代の礼制を踏襲して、いくらか改変したところもあるが、根本は変わっていない。(略)」と答えており、古いものが新しく変わる時も、根本は変わらないという教え方もしています。
先人が大切にしてきたルールの中には必ず意味があり、取り入れ応用すれば、視野が広がり、より良い発見ができるはずです。

知識として蓄積する大切さを再確認しよう

為政第二-三三

子曰。由。誨女知之乎。知之爲知之。不知爲不知。是知也。

先師がいわれた。――
「由よ、お前に『知る』ということはどういうことか、教えてあげよう。知っていることは知っている、知らないことは知らないとして、すなおな態度になる。それが知るということになるのだ。」
情報化社会を生きる上で、簡単な物事であれば、検索エンジンで瞬時に知ることができるため、そのままになっていたり、知ったつもりになっていることはありませんか。
理解していること、していないことを知らなければ、知識として得るものも得られず学びの機会を逃すこともあるでしょう。
自分の知識量を知るためにも学ぶことは大切、と考えることができます。
当たり前のことを見つめなおすことで、知識として蓄積する大切さを再確認できます。

知るだけでなく考えることで物事の本質が学べる

為政第二-三一

子曰。學而不思則罔。思而不學則殆。

先師がいわれた。――
「他に学ぶだけで自分で考えなければ、真理の光は見えない。自分で考えるだけで他に学ばなければ独断に陥る危険がある。」
何かを知るだけで考えなければ物事の本質を学ぶことはできない。また、自分だけで考えるだけでは誤った方向に進んでしまう可能性がある、と読み解いたとします。
昔であれば新聞やテレビなど情報源は限られていました。現代ではSNSなどで、個人や企業、様々な団体からたくさんの情報が発信されています。
自分が知り得ただけの情報を精査せず、誤って認識することもあれば、情報を発信する側として間違った情報を発信することも考えられます。
これは、知るだけでなく考えること、考えることでなく知ることのバランス感覚を養う必要があると捉えることができます。
SNSなどで、「本質を知らずに情報を発信し間違いを自分自身で正せない人」、「情報の一部を切り取り個人やサービス企業を炎上させてしまう人」も増えています。
確かな学びがないままに、情報を安易に発信しないようにすることも大切ですね。
SNSなどで、「本質を知らずに情報を発信し間違いを自分自身で正せない人」、「情報の一部を切り取り個人やサービス企業を炎上させてしまう人」も増えています。
確かな学びがないままに、情報を安易に発信しないようにすることも大切ですね。

学ぶことに対する基本を思い出そう

大人になるにつれ、決して楽をしようとするつもりはなくても、効率化や合理化などを覚えたり、時間の余裕がないために、学ぶ機会や姿勢が失われることもあります。
日本人は世界と比べ、社会に出てから大学や大学院に行き、学び直しする人が少ない、企業研修に力を入れている企業が少ないとされています。
リカレント教育が見直されている今こそ、論語の教えを取り入れ、知の本質を思い出すことで、もう一度学ぶことに対して意欲的になりませんか。
参考URL
Web漢文体系 – 論語 – 為政第二
https://kanbun.info/keibu/rongo02.html

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流通業界・IT企業・アパレル販売を経て現在フリーランスでライターとして活動中。HTMLやCSS、CMSによるサイトの構築や運営、農業やCAD、3Dモデリングや3Dプリンティング、旋盤やフライス盤の機械加工も経験しています。

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