「再会は偶然だった、いや、僕は偶然のつもりだった」第7章[第13話]

小説『富者の遺言』
元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。"ファイナンシャルアカデミー代表"泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。
2017.9.22
 賑やかな音を立てて、車体の横すべてを広告で埋め尽くしたトラックが通り過ぎた。遠くで一ヵ月前に発売になった流行の曲がなっているのが聴こえている。人通りはまだまだ多く、ここが繁華街の真ん中であることを思い出させる。
 しかし、僕らのどちらとも「話が長くなりそうだから喫茶店にでも行こうか」とは言い出さなかった。お金がなかった僕は当然だが、この老人も何も言わなかった。
 僕は老人が風邪でもひかないか心配だったが、寒そうな素振りを一切みせずに、僕と向き合ってくれていた。老人は老人の理由でここにいるようだった。
 僕は老人にそれから僕の身に起きたことを話すことを一瞬、躊躇したが、やはり話を続けることにした。
「その男の名前は大谷雄一郎。大谷は僕の中学高校時代の同級生でした。とにかく優秀な男で、学校の成績では常にトップ。おまけにスポーツもよくできて、バスケットボール部のキャプテンで、県大会まで出場していました。僕は、大谷のいるせいで、一度も学校の成績ではトッ プを取れなかった。スポーツも並レベルしかできなかったから、いつもそいつの背中を眺めているだけでした。だから、学校時代はそんなに仲が良かったわけじゃなかったんです」
「この県内の学校ですか?」
「はい、O市です」
「なるほど、山に囲まれたのどかな良いところですね」
「ご存知なんですか? それならわかるでしょう。高校時代、僕はバスで二時間かけてこの街の予備校に通っていました。父がリストラに遭ってからは、自宅学習に切り替えていましたが、ついに一度も勝てなかった。
 そうそう、一度だけ惜しかったこともありましたが、それは大谷が県大会に出場した夏休み明けの中間テストです。でも、そんな時でも僕はわずかに大谷にかなわなかった」
「学校のテストですべてが決まるわけではないよ」
「社会人になった今なら、それはわかります。
 でも、高校時代、自分の境遇と彼の境遇を比べると、とても理不尽なものを感じました。卒業後、彼は地元の国立大学を蹴って、都会の有名私立大学に進学しました。そして、僕はこの県に残りました」
 老人は僕の話を黙って聞いていた。
「でも、あいつはここを離れる前に僕に一言残していきました。
『エースケがいたから俺も頑張れたんだ。豊かでのんびりしたこの地方ではお前みたいにがむしゃらに頑張る奴は評価されない。でも、ひたむきな努力は大事だと思う。
 もしも、お前がいなかっ たら俺も勉強は手を抜いていたさ。勉強ができてもモテないからな。お前は俺のライバルだったよ』
 そう言って、彼は僕をねぎらった。彼の気持ちに僕はびっくりして、何と返したか覚えていません。でも、とても嬉しかったのは覚えています。
 その後、風の噂で大谷がアメリカに留学したということを聞きました」
 僕にとって、この話をするのはあまり気持ちの良いものではなかったが、老人は優しげな瞳で僕を見つめていた。
「その頃、僕は就職活動で忙しくしていた時期だったから、あいつなら、きっと僕とは違って、華やかな人生を歩んでいくんだろうな、と思いました。もう嫉妬や羨望を超えたような存在でした。
 それが、今から三年前、あいつと再会したんです。
 大谷との再会は偶然だった、いや、僕は偶然のつもりだったが、大谷は僕のことを探していた、と言っていました。

あの天才が僕に何の用だ?

 大谷はあの頃と変わらない屈託のない笑顔で、僕を迎えました。
 職場近くにあるオープンテラスを構えたカフェで落ち合うと、高校時代の話で一花咲かせ、その話が一段落したとき、大谷はふと思い立ったように聞いてきました」
「エースケ、仕事の方はどうなんだ?」
「まあ、ぼちぼちだな。子どもがいるから、その成長だけが楽しみだよ」
「そうか………突然だが、俺の仕事を手伝わないか?」
「お前の今の仕事はなんだ。たしか、起業コンサルタントだろう?まったくの専門外だよ。それとも、今の倍の給料出してくれるのか? それなら考えなくもないが……」
「今、いくらもらってるんだ?」
 大谷の前置きの無い話しぶりは、高校時代から変わっていません。アメリカから帰ってきて、そんな性格にさらに磨きがかかっていました。
「おいおい、ずいぶんズバリと聞くんだな。ここはアメリカじゃないんだぞ」
「はは、中国でもヨーロッパでも同じさ」
「……まぁ、お前だから、正直な額を答えるよ。六五〇万円だ。まだまだ俺は若手の部類だから、こんなもんだよ。上のじいさん連中はもっと貰ってるはずだけどな」
「うん……それなら、たぶん大丈夫じゃないか」
 銀行は意外なことに退行者が多い。優秀で仕事のデキる銀行員ほど若いうちに転職や独立をしていた。そういう人間の転職先は、外資系の投資銀行などだ。だが、さして優秀でもなくボヤボヤして三〇過ぎまで銀行にいる人間も安泰というわけではない。成績がふるわない行員は、あっさり一般企業に出向させられることもある。銀行では上にいくつもポストがあるわけではないので、自動的にある年齢になると銀行に残るか、他に移るか、決められることになる。出世競争の厳しさは、他の一般企業よりも苛烈だった。僕が勤めていた銀行も例外ではなく、同期も、半分近くが、もうすでに退行していた。
 転職者が半分、独立した人間が半分。独立して事業を始める人間の中には成功者と言われる人間もいた。
「お前の仕事の手伝いって、転職しろというのか?」
「いや、一緒に事業を起こすんだ。それぞれ金を出し合ってやってみないか?」
その後、大谷がした話は何から何まで意外な話だった。
(毎週金曜、14時更新)

泉 正人

ファイナンシャルアカデミーグループ代表、一般社団法人金融学習協会理事長

日本初の商標登録サイトを立ち上げた後、自らの経験から金融経済教育の必要性を感じ、2002年にファイナンシャルアカデミーを創立、代表に就任。身近な生活のお金から、会計、経済、資産運用に至るまで、独自の体系的なカリキュラムを構築。東京・大阪・ニューヨークの3つの学校運営を行い、「お金の教養」を伝えることを通じ、より多くの人に真に豊かでゆとりのある人生を送ってもらうための金融経済教育の定着をめざしている。『お金の教養』(大和書房)、『仕組み仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、著書は30冊累計130万部を超え、韓国、台湾、中国で翻訳版も発売されている。一般社団法人金融学習協会理事長。

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