2017年12月20日 更新

〈爲永清嗣〉視覚でも美味しいものを味わって欲しい ~爲永清嗣が語るアートの魅力と日本人観

1969年日本で最初の西洋絵画の巨匠を扱う画廊として誕生し、40年以上の歴史を持つギャルリーためなが。名匠と呼ばれる作家の名品の数々を、国内有数の美術館や個人コレクターの方々に納める一方、才能ある画家を育成、世に送り出し、その活動はフランス美術界を中心に、現在はアメリカ、アジアなど世界各地へと拡大しています。国際人として育った爲永さんの環境やこれまでの軌跡、日本観などについてお話をお聞きしました。

神原
ヨーロッパでは日常生活にの中でアートがとても身近にある印象ですが、日本とはどのような点で違うのでしょうか?

爲永
日本は食べ物に関しては、もの凄く美味しいレストランもあるし、ワイン通も沢山いらっしゃる。音楽にしても高い料金を払ってコンサートやオペラを聴きに行くという点で、人間の五感の中の味覚や聴覚にはそれなりの贅沢をしていると思うのですが、こと視覚ということでは、日本人はあまりにも欠落しているのではないかと感じています。
同じ時間を生きていく中で、そこの部分が完全に欠如しているというのはもったいない。美術品を買え、ということではなく、興味をもってそれを楽しむということ、自分がそこに気を留める。友人の家に行ったときにそこに気を留めて、素敵だなとか趣味が悪いなとか(笑)、そういう意識を持って観ていく。自分が生きていく空間の中に作品があってそれを楽しむといったことが、もっとあると良いと思うのです。そして、美術館で何か開催されていれば観に行こう、展覧会があれば覗いてみようということが、美味しい料理のレストランに行ってみるのと同じ感覚、好きな音楽家のコンサートに行こうという感覚であって良いのではないかと思います。

神原
まずは興味を持たなければいけないということですね。

爲永
そうです。まずは興味をもつところから、ということが大事だと思います。それによって好き嫌いがはっきり言える、それが重要ではないでしょうか。それから自分の許容範囲内で美術品を身近において、視覚的に、自分の生きる空間の中で楽しむことで、自分の感性が磨かれていく。そのようにして親しんでいくことによって自分に深まりが出てくる。同じ時間を生きていくのなら、そういう深まりを持った人生を送って欲しいと思います。日本のように2000年近い歴史があり、これだけ素晴らしい文化のある国は少ないと思います。江戸の文化も、庶民文化から発達してあれだけの水準になった訳ですから、その意味では日本人の視的感性は、昔は高かったはずですし、浮世絵が瓦版で回ったという事実もあり、文化的に申し分ない環境の中で培われて来たと思います。この100年くらいの間、一体どうしたのだろう、という凋落の状況が残念です。

神原
金融・経済上は「失われた20年」ですが、文化的には「失われた100年」かもしれませんね。

爲永
文化的な面ではそうですね。海外では基本的に明治以降の作品については評価が低く日本美術は江戸時代までというのが一般的です。但しそれまでの時代はボストン美術館展をご覧になってもお分かりのように、とても高く評価されており世界的にも価値が認められています。以前は浮世絵などを通じて印象派の画家達にも多くの刺激を与えた程の芸術が存在したのですが明治以降日本は経済に走って、文化が取り残されたのかも知れません。

家はとても心地良いところ。その当たり前のことに感謝の気持ち

神原
アート以外で、爲永さんが大事だと考えているものは何かありますか?

爲永
家内です。だから結婚したということですから(笑)。

神原
それはすてきですね!爲永さんは頻繁に海外に出かけていらっしゃいますが、ご家族に対しての時間の作り方とか、親として、あるいは夫として、どんなことを気にかけていらっしゃいますか?

爲永
私は年間の半分以上を海外で過ごしているので、なるべく家族との時間を多く共有しようと心がけています。今は家族が日本ですので、日本にいるときの9割位は家族と一緒に夕食を食べています。家族との旅行も多い上に食事の接待もゴルフもあまりしませんので、年間の半分を留守にしていても家族と過ごすという意味では他の方に比べても密度は濃いかと思います。3人の内2人の子供は海外に居りますので反抗期も大して経験することなく、彼らにとっても家は寮と違って居心地の良い場所と当たり前のことを逆に感謝されています。留学していた際に私自身がそうでしたが家族や家庭に改めて感謝する気持ちを持てたという事は良かったと思っています。

神原
家があるということを当たり前だと思うのではなく、そこで感謝の気持ちが起こるというのは、大きいですね。

読者へのおすすめの本

神原
アートに関して、あるいは爲永さんのこれまでのご経験を通じて、何か推薦の本があったら紹介していただきたいのですが。

爲永
私は中学生の頃から海外にいましたので、科目として日本史を勉強したことがありません。それで、勉強という意識ではないのですが、自分の好きな時間に司馬遼太郎をよく読みました。彼の小説はフィクションではありますが、事実的背景を基にした小説ですので、日本史を網羅する上でも非常に役に立ちました。彼の求めている日本人観、日本人としての感性は、私には大変合っている、素晴らしい日本人観を持っているなという印象を受けました。またカミュやサルトル、彼らの本を読むことによって(出来れば原文で)現代のフランス人の根底にある何かを垣間見る事が出来るような気はします。

神原
この連載の読者は20歳~40歳、30代前後の人が多いのですが、爲永さんの30代の頃について、お聞かせ頂けませんでしょうか。

爲永
その頃、1990年ですが、私は興銀を辞めてフランスに行き、とにかく無我夢中で美術という、新しいビジネスの中に入って走っていました。またこの頃、日本はバブルが崩壊して経済的にも疲弊していた時期でした。そのような中、私はたまたまご縁があって、1997年のアジア通貨危機が来るまで、シンガポール、台湾、インドネシアなどのアジア諸国で仕事をする機会が多く、そこで色々な方にも会う機会がありました。インドネシアはスハルト政権の頃で、スハルト大統領のお嬢様と展覧会開催の仕事に関わったり、サリムグループというインドネシア最大の財閥と一緒に仕事をしたり、未だ美術が全く注目されていない時代にパイオニア的感覚で、これは非常に面白く、またやりがいもありました。若いから出来たということもあると思いますが、本当に世界を駆け巡っていたと云う感じで完全燃焼していたように思います。

神原
今回の爲永さんのインタビューをお読みいただくことで、少しでも多くの人が、もっと感性や視覚の面を意識して、自分が良いと思う美術作品を楽しむ、そのようなきっかけが出来るとうれしいですね。本日はありがとうございました。

(本記事は、2012年06月10日にファイナンシャルマガジンに掲載されたものを再掲載しています)

爲永 清嗣さん ギャルリーためなが代表取締役

1964年、東京生まれ。Le Rosey ―ロゼ中学― (スイス)、St.Paul’s school ―セントポール高校―(アメリカ)、慶應義塾大学を卒業後、日本興業銀行入行。1991年退行後、渡仏。以降、パリの「ギャルリーためなが」を拠点に国際美術市場で活躍。
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