〈グローバー〉ミュージシャンという仕事とお金、挑んだ卒論……壁は「課題の分離」で乗り越える

インタビュー

「お金とは、太陽(グローバー)」

ミュージシャンとして活動する中でぶつかったひとつの壁

STAGE編集部:東大を中退し音楽活動に専念し、ミュージシャンとして一人前に?

グローバー:ミュージシャンとして一人前になったと思ったタイミングはありません…。いまだに仕事も含めて一人前だと思っていませんね。

大学と中退してSKA SKA CLUB(スカスカクラブ)という大学で組んだメンバーとやっていたのですが、次第にメンバーも就職していったりとかいろんな事情で、また別のバンドを作ろうとなってJackson vibe(ジャクソン・バイブ)というバンドを組みました。

そのJackson vibeで『アットホーム・ダッド』(2004年)というテレビドラマの主題歌をやらせてもらったんです。チャートでも上位に入って、レコード会社の人たちや周りの友達とかにすごく褒めてもらったんですけど、自分の中では全く手応えがなく、真っ暗な中をただ腕をぶん回して、それがたまたま何かに当たっただけのような(笑)

自分を鍛錬して、自分の考えで何かつかみ取った、一人前になったみたいな感触はなかったので、未だにその延長戦という感じですね。

STAGE編集部:でも、苦悩の時期が始まる…。

グローバー:ある時、ラジオ・MTV・スペースシャワーTVとか、ライブなど純粋な音楽活動以外の仕事を全部辞めたんです。何かこう音楽だけをやるというのを突き詰めたいと考え始めた時期があって、曲を作ってライブをやってということだけに集中しようと思ったんです。もっと自分が満足できる曲を作らなければいけない、自分の音楽でセールスを上げてレコード会社の人に喜んでもらわないといけない…などと考えて。

でもそこから何年も苦しい時期が続きました。音楽について考え始めた頃から逆に苦しくなっていったんですね。学生の頃にプロになろうとも思わずに、純粋に好きで音楽をやっていたら、いろんな方に引っ張り上げてもらったり、背中を押してもらったりしていた時の方が調子が良かったです。何か決意して頑張って目標を達成しようとすると、肩に力が入ってしまって良くなかったのかもしれませんね。

STAGE編集部:その壁はどうやって乗り越えたんでしょう。

グローバー:先ほどの話とも重なるのですが、一番大きいのは結婚して子供も生まれて、いろんなけじめつけようとして、もう一度大学に行ったことですね。

その時に自分が何をしたいとかいうことより、どうやったらちゃんとお金を稼いで家族のためになるかを考えたんです。それで大学に行きながら、並行してもう一度SKA SKA CLUBでちゃんとやり切ろうと思って、メンバーに声かけてもう一枚アルバムを作りました。メンバーで大変な思いをして作って、これをどうにかちゃんと宣伝しようと、余計なことを考えなくなって目の前のことに集中するしかないと思えたのはこの時期でしたね。

あと、その大変な時期に、妻がかけてくれる言葉も大きかったですね。「やるぞ!やれるぞ!!」みたいな(笑)。やっぱり僕、落ち込みがちだったんですよ。妻はラジオDJでいろんなミュージシャンを見ているし、同業異種というか、ある程度気持ちも分かっているようなところもあったので、本当にどうしようもなくなったら2人で会社でも作ろうと。メールアドレスは「yaruzo yareruzo(やるぞ やれるぞ)@~」にしようとか(笑)半分冗談なんですけど、そういうのがひとつひとつ支えになりましたね。

ひと回り年下の同級生から学んだ教え

グローバー:東大の卒論を書く時に、さっき言ったみたいに脳みそがもつれているので、ものすごい時間かかってしまったんです。提出日のギリギリまでやっていたんですけど、その時にひと回り下の22歳の同級生が家まで来てくれたんです。正月で家族は実家に帰していたので、彼に手伝ってもらいながら必死に卒論を書いていました。

休憩しようとベランダでタバコを吸っていた時に、頭がこんがらがってしまっている自分に彼がふと「グローバーさんにピンと来る話かどうか分からないですけど、『課題の分離』というのがあるんですよ」と言ってきたんです。何かやろうと思ったときに、例えば今の僕で言うと、料理をほとんどしないので、「肉じゃがを作ってください」と言われたときに、途方にくれるじゃないですか。途方にくれるのは、漠然とした課題を全部見ちゃっているから、自分じゃできないんじゃないかとか、どうしようとかなっちゃうと。そんな時は、課題を分離するといいと言って、「じゃ、じゃがいも1個。これ洗えるかな?」――「うん、洗える」。「じゃ皮をむくことはできるか?」――「時間かかるけど、皮ぐらいだったらむけるかな」。「食塩を買ってこれるか?」――「できる」。というふうに、目の前にある1個のことをできるか?できる!というところまでどんどん分離していけば、できますよと言われて、なるほどと…。

それで途方にくれていた卒論も、1個1個、「この文献を訳せるか?」――「訳せる」。「引用できるところだけ選べるか?」――「選べる」。とかやっていったら、できたんですよね(笑)。どうにか締め切りまでに間に合って、朝の8時、9時頃にできたんです!

あの時の体験はその後、何かチャレンジするときに、必ず頭の中にありますね。無理かなと最初思っちゃうじゃないですか?ヘアピンカーブでビビってブレーキ踏みたくなっちゃう。アクセル踏んで突っ込むのは怖いというときに、見えてもいないカーブの先のフェンスを想像してもしょうがないというか。アクセルを踏んだら、次にやることは?ハンドルをしっかり握ろう!次は、しっかりカーブ見て、徐々に曲がっていこう!とか。課題を分離することで落ち着いて対処できるようになりました。

その彼と知り合えたのも、向こうから話しかけてくれたんですよ。再入学して、1人だけおじさんの自分が肩身の狭い思いをして、大学近くのマクドナルドでちょっと人生を振り返っていたら(笑)、「グローバーさん、同じクラスのヤナセです。僕、中学のとき、『朝焼けの旅路』着うたにしていました!」と言ってくれて、音楽やっていてよかったなぁ〜って(笑)。暗闇で腕をぶん回して、たまたま何かに当たったことが、無駄じゃなかったと思ったりして。

ミュージシャンとお金「貧すれば鈍する」

グローバー:お金に関しては全く見えない中、ずっと生きてきました。大学を中退する時は、ラジオの仕事や音楽チャンネルの仕事とかで家賃や食費は全然賄えていたので、これからもこうやって生きていこうと思っていました。でも実際はそんなに甘くはないわけで…。

今でこそ、ちゃんと仕事をしながら音楽をやった方がいいという考えもあるんですけど、当時は、いろんな仕事を整理して、ハングリーに音楽に向き合うことで、いいものが生まれるんだ!みたいな精神論がありましたね。

それでラジオなどしゃべりの仕事を整理して音楽に集中したんですけど、「貧すれば鈍する」という言葉通り、食うや食わずとなってくると、肩に力が入ってきたり、視野が狭くなってきたりして、自分にとってはハングリーでいいことはありませんでしたね。

だから結婚して家族のために稼ぐと決めて、CDもそのためにちゃんと売らなきゃ、どうにか宣伝したいですと、それまでお世話になっていたいろんな人に相談しました。大学中退の時にラジオ番組をやっていたプロデューサーにも相談に行ったんですけど、その方も「課題の分離」のようなことを言ってくれたんです。音楽もこうで、大学もこうで、美術も勉強しなきゃ、家族も食わせなきゃ…と話して「どこか仕事をさせてもらえる事務所とかありませんか?」と。

そしたらプロデューサーは「お前の今の状況は面倒くさい!そんな面倒くさいやつを抱えるところはない!」と。まず「今、何がしたいか整理しよう」となって、1個1個整理していったら、課題は「とにかく頑張って作ったこのCDをどこかで宣伝したい」に絞ることになって、「じゃあ今、東大に行っているから『Qさま!』とか、クイズ番組に出られないかな?」と思って、目標は「『Qさま!』に出たい!」一個にしようとなったんです。「じゃあ『Qさま!』に出たいと思っている男がいる」ということで知り合いに相談してみるよと言ってくれて、それで今の事務所に所属することになったんです。

グローバー:それでテレビとかに出してもらったりしたんですが、自分のどこかで「これは音楽をやるために頑張っている」と心のブレーキを踏んでいるんですよね。だから勝手に辛くて苦しい気持ちになっていたんですけど、それがいつの間にか変わってきたんですよ。

その時は自分が一番好きでやりたいことである音楽が優先順位の1番であり続けていたんです。でも普段自分が一番心がリラックスできて気持ち良く過ごしている時というのは、やっぱり家族をしっかり守っていると思えている時なんですよね。つまり自分がどうこうじゃなく、自分の妻と子供がとにかくハッピーでいることを一生懸命考えておけば、自分のハッピーは後からついてくると。結局、自分が何をやりたいかとか自分のことって自分が一番わかってないから、自分のことを全く考えなくなって、すごく気持ちが楽になりました。

STAGE編集部:逆説的だが、自分のことではなく家族のことを考えて生きることが、結果として自分のためになったという。

グローバー:迷っているときって、いろんな人の本を読んで、自分のことをよく知ろうと言われて、また考えて…そういうことをやっているうちは、僕は駄目だったですよね。

誰かを愛して、誰かのことをよくしようとやっていくと、結果的に自分が良くなっていったんですね。だから何か新しいことをやろうという時も自分のことを考えているのは、まだブレーキを踏んでいる状態なんですよ。だから、自分がどう思っているかなんてどうだっていいやってなって、直感でバンッとアクセル踏んでハンドルを切るように…。例えばJ-WAVE でニュース番組をやるんだったら、もうやると決めて一生懸命勉強して言葉遣いを覚えて、目の前のことに集中するだけ。そうすることでいろんなことがうまく回り始めました。

グローバーさんにとってお金とは?

グローバー:「お金とは太陽」ですね。

STAGE編集部:「お金とは太陽」である。その心は?

グローバー:やっぱりお日様が出ていた方がポカポカして助かるんですよね。お日様が出ていないとやっぱり寒くて身も縮まって、本当に困る。ただ、だからといってそればかりを見ちゃう、直視しちゃうと、今度は目がくらんでしまう。

やっぱり人間は太陽めがけて生きられないですよね。ちょっと背中で感じながら、日向もあるし日陰もあるし、というぐらいの気持ちで歩いていくのがいいと思います。

音楽を頑張っている子たちには、僕も頑張っている最中ですけど、ちょっとでもいいから日向を探して、いいモノを作って欲しいなと思います。

「お金とは、太陽(グローバー)」

グローバーさん

1978年6月4日生まれ、神奈川県横浜市出身。東京大学文学部卒。1997年に「SKA SKA CLUB」を結成しインディーズデビュー。その後2003年新たな音楽性を求め「Jackson vibe」を結成。現在も2つのバンドでボーカルを担当。レキシのサポートメンバーとしても活動中。東大卒タレントとしても精力的に活動している。

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