キログラム原器廃止 ーーキログラム新定義の裏にある英知 のドラマ

あなたの常識を、アップデートしよう。
2018 年11 月、キログラムの定義変更が決議されるという歴史的出来事がありました。重さを表すキログラムという身近な単位。新定義には日本の研究者も大きく貢献しています。2018 年は、定義改訂の裏にある英知のドラマが垣間見られる年となりました。
2018.12.6

2019 年、新しい「キログラム」の定義へー国際キログラム原器

「キログラム原器」や「メートル原器」という言葉をきいたことはあるでしょうか。これは、メートル法の基本単位である1 キログラムや1 メートルを定義する人工物のこと。白金90%とイリジウム10%を材料とする合金製の物体です。キログラム原器が示す質量が1 キログラムであり、メートル原器が示す長さが1 メートルと定義されました。
キログラム原器の親玉は、長らくパリ郊外セーブルの国際度量衡局に保管されている「国際キログラム原器」という少し大きめの分銅。「水1 リットルの質量」̶̶より正確には、「一辺が10cm の立方体の体積の、最大密度における蒸留水の質量」̶̶と同じ質量の分銅が、私たちが使うあの1 キログラムを国際レベルで定義しているということです。
ただ、「定義している」というのは厳密には誤りで、メートルは「定義していた」と過去形で語るほうが正しく、キログラムは「(今は)定義しているが、2019 年5 月20 日に廃止される」と表現する必要があります。そう、あの「キログラム」の定義が変更されるという一大事がついこの前の11 月16 日に決まったのです。

キログラム定義変更の裏にあるドラマ、日本研究チームの貢献

国際度量衡局からメートル条約加盟国へはキログラム原器やメートル原器が配布されてきました。1890 年に日本へやってきたキログラム原器は「日本国キログラム原器」と呼ばれ、産業技術総合研究所で何重もの保管庫に入れられて厳重に保管されています。1960 年の定義改訂でお役御免となったメートル原器とは異なり、キログラム原器はまだ現役。うっかり触ったりすれば原器の質量が変化し、基準として使えなくなってしまうからです。
ところが、キログラムの親玉「国際キログラム原器」の実際の質量が、表面の汚染などによって年々ごく微量ながら変化していることもわかっています。それは指紋1個分程度の変化ではありますが、現在の計測技術やナノテクノロジーを考えれば決して無視できるものではありません。
問題は、どのようにキログラムを定義すれば、より精度の高い定義になるかということ。ここで活躍したのが日本の研究チームです。産業技術総合研究所のチームが、基礎物理定数のひとつであるプランク定数を世界最高レベルの制度で測定することに成功。他国での測定結果を合わせて、キログラムを新しくプランク定数で定義することに大きく貢献しました。産業技術総合研究所は、日本が国際単位系(SI)の基本単位の決定に直接関わった初めての事例であるとし、「歴史的な成果」と発表しています。

キログラムの新定義と日常生活への影響

130 年ぶりに変更される1 キログラムの定義は、こうしてプランク定数をもとに表現されることとなりました。実際に新定義を目にしても一般人にはまったくピンと来ないのは悲しいところですが、科学者たちにとっては「最も困難な5 つの科学実験」のひとつが解決されたという歴史に残る一大事です。
私たちの生活の中でも重要な重さの単位・キログラム。ではキログラムの新定義は私たちの日常生活に一体どんな影響を及ぼすのでしょうか。量り売りされている食品の値段が変わってしまうのでしょうか。
回答は、NO。手に持っているボールペンのインクの量やスーパーの牛肉の値段、毎日の猫のエサの量をはかる分には何の支障もありません。
しかし、私たちが飲む薬や生活の中で使用する精密機器の開発には影響があると予想されます。今回のキログラムの定義変更によって、より効果的な新薬が開発されたり、高精度な制御ができる機器が発明されたりするかもしれないし、他のナノテク産業でもより高精度な計測に基づく開発ができるかもしれません。
一見生活に影響のない些末なことと受け止めがちですが、普段私たちが何気なく手にしているものの裏では、いつもこうした現在進行形の英知のドラマが繰り広げられています。2018 年は、そうしたドラマのひとつの結末が見られる年となりました。
【参考】
臼田孝「キログラムの定義が変わる、そのとき何が起こるのか?」、講談社、2018 年4月24 日
産業技術総合研究所「質量の単位「キログラム」の新たな基準となるプランク定数の決定に貢
献」、2017 年10 月24 日
荒木涼子「国際キログラム原器 130 年ぶり変更 物理定数に」、毎日新聞、2018 年11 月16 日
計量標準総合センター「基本単位の標準(質量)」