2018年2月1日 更新

〈西野亮廣〉前編・ウソをつくな、信用の面積を広げろ。常に新しいものを仕掛けるために

お笑いコンビ・キングコングのツッコミとして一世を風靡した西野亮廣。が、そこで見えた世界は思い描いていたものではなかった……。そして誰も思いもよらなかった絵本作家の道へ。周りに流されずに道を切り開き続けてきた西野だからこそわかる、好きなことをして生きるための方法論とは?

2017.8.3

■突然訪れた絵本作家への道

STAGE編集部:芸人さんとして活躍しながら、絵本を描き始めたのは何かきっかけがあったのでしょうか?
「一番面白くなろう」と思ってこの世界に入って、20歳のときに『はねるのトびら』という番組が深夜の東京ローカルでスタートしました。それで25歳の時にこの番組がゴールデンに上がって、視聴率も一番取って、さらに各局で冠番組をいただいて願ったりかなったりの状況になったんです。要は、子どものときにお笑い芸人さんになりたいと思ったときに描いていた「こうなりたいな」というものに25歳のときになれたんですけど、結局そこから見えたのは、タモリさんの背中だったり、(ビート)たけしさんの背中だったり、(明石家)さんまさんの背中だったり、先輩方の背中で、全然追い抜いていなかったんですよ。
有名人にはなったし、生活もよくなったけど、スターにはなっていなかったという。ここでならなかったら、僕はいつなるんだと(笑)。下駄履かせてもらっているし、みこし担がれているし、瞬間最大風速吹いているし、全部状況整っているのに突き抜けていないということは、これ言い訳できないなと思って。つまり、突き抜ける才能がなかったんだということに気づいて、一度気持ちがズドンと落ちたんです。
でも、レールの上を走っていたら、そのレールの先には人がいるわけですから、これは当然だなと。だからもうここ走っていてもしゃあないと思って、そのとき相方とか、マネジャーとか、テレビの人だとか、吉本の人とか、偉い人をみんな集めて、とりあえず「テレビやめる」という話をして、やめることだけ決めたんですよ。何をするかは全然決めずにですね(笑)。
レギュラー番組はすぐにやめられなかったんですけど、ひな壇だとかクイズ番組、情報番組、グルメ番組とかを一切やめるといって、とりあえずやめて、何しようかなと思って、フラフラ2週間ぐらい飲み歩いているときに、タモリさんに「お前、絵描け」と言われたので、「描くか……」みたいな、そういう感じですね。
STAGE編集部:前々からタモリさんに絵を描きたいと話していたんですか?

全然! 絵は本当に興味なくて、でもタモリさんが「描け」と言うので、じゃあ「描くか…」みたいな。(一同、笑)
STAGE編集部:すごいですね。全く新しい分野に足を踏み出してみて、いかがでしたか?
「やる」と言っちゃったので、これは仕方ない、やろうと。で、やるなら勝たなきゃ意味がないので、まず最低ラインを一回決めようと思いました。それは「プロの絵本作家さんに勝つ」ということ。そこに勝てていないものを出したら、結局タレントが遊びでやっているんでしょ、みたいなことになっちゃうので、最低ラインとしてプロに勝てるものを届けないと話にならないと。
じゃ、プロの絵本作家さんにどうやって勝とうかなと考えて、まず「位置について、用意ドン!」みたいなことは一回やめて、自分が勝っているところで戦おうと思ったわけです。プロの絵本作家さんに、僕はどこが勝っているのかなと考えたら、絵を描いたことがないので画力はないし、出版のノウハウもコネもツテもないので、基本的に負けているところだらけ。当然向こうはプロですから、当たり前ですよね。
でも1個だけ「時間」なら勝っているなと思ったんですよ。時間というのは、1つの作品を作るのにかけることができる時間のことです。専業の方は、それで自分の生活費だとか、ご家族を養われたりしているので、短いスパンで作品をポンポン出していかなきゃいけないですけど、僕は別に絵本が収入の柱にはないので、極端な話、1つの絵本を作るのに100年かけることだってできる。これが専業と、副業というか兼業の大きな違いだと。兼業のアドバンテージというのは、時間を無限にかけることができること。あ、ここで差別化できるなと思って。そうか、プロというか専業の人というのは実は時間をかけられないんだ、そこが弱点だと思って、「じゃ、ここを突こう!」と思ったわけです。
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