〈西野亮廣〉前編・ウソをつくな、信用の面積を広げろ。常に新しいものを仕掛けるために

インタビュー

お笑いコンビ・キングコングのツッコミとして一世を風靡した西野亮廣。が、そこで見えた世界は思い描いていたものではなかった……。そして誰も思いもよらなかった絵本作家の道へ。周りに流されずに道を切り開き続けてきた西野だからこそわかる、好きなことをして生きるための方法論とは?

突然訪れた絵本作家への道

STAGE編集部:芸人さんとして活躍しながら、絵本を描き始めたのは何かきっかけがあったのでしょうか?

「一番面白くなろう」と思ってこの世界に入って、20歳のときに『はねるのトびら』という番組が深夜の東京ローカルでスタートしました。それで25歳の時にこの番組がゴールデンに上がって、視聴率も一番取って、さらに各局で冠番組をいただいて願ったりかなったりの状況になったんです。要は、子どものときにお笑い芸人さんになりたいと思ったときに描いていた「こうなりたいな」というものに25歳のときになれたんですけど、結局そこから見えたのは、タモリさんの背中だったり、(ビート)たけしさんの背中だったり、(明石家)さんまさんの背中だったり、先輩方の背中で、全然追い抜いていなかったんですよ。

有名人にはなったし、生活もよくなったけど、スターにはなっていなかったという。ここでならなかったら、僕はいつなるんだと(笑)。下駄履かせてもらっているし、みこし担がれているし、瞬間最大風速吹いているし、全部状況整っているのに突き抜けていないということは、これ言い訳できないなと思って。つまり、突き抜ける才能がなかったんだということに気づいて、一度気持ちがズドンと落ちたんです。

でも、レールの上を走っていたら、そのレールの先には人がいるわけですから、これは当然だなと。だからもうここ走っていてもしゃあないと思って、そのとき相方とか、マネジャーとか、テレビの人だとか、吉本の人とか、偉い人をみんな集めて、とりあえず「テレビやめる」という話をして、やめることだけ決めたんですよ。何をするかは全然決めずにですね(笑)。

レギュラー番組はすぐにやめられなかったんですけど、ひな壇だとかクイズ番組、情報番組、グルメ番組とかを一切やめるといって、とりあえずやめて、何しようかなと思って、フラフラ2週間ぐらい飲み歩いているときに、タモリさんに「お前、絵描け」と言われたので、「描くか……」みたいな、そういう感じですね。

STAGE編集部:前々からタモリさんに絵を描きたいと話していたんですか?

全然! 絵は本当に興味なくて、でもタモリさんが「描け」と言うので、じゃあ「描くか…」みたいな。(一同、笑)

STAGE編集部:すごいですね。全く新しい分野に足を踏み出してみて、いかがでしたか?

「やる」と言っちゃったので、これは仕方ない、やろうと。で、やるなら勝たなきゃ意味がないので、まず最低ラインを一回決めようと思いました。それは「プロの絵本作家さんに勝つ」ということ。そこに勝てていないものを出したら、結局タレントが遊びでやっているんでしょ、みたいなことになっちゃうので、最低ラインとしてプロに勝てるものを届けないと話にならないと。

じゃ、プロの絵本作家さんにどうやって勝とうかなと考えて、まず「位置について、用意ドン!」みたいなことは一回やめて、自分が勝っているところで戦おうと思ったわけです。プロの絵本作家さんに、僕はどこが勝っているのかなと考えたら、絵を描いたことがないので画力はないし、出版のノウハウもコネもツテもないので、基本的に負けているところだらけ。当然向こうはプロですから、当たり前ですよね。

でも1個だけ「時間」なら勝っているなと思ったんですよ。時間というのは、1つの作品を作るのにかけることができる時間のことです。専業の方は、それで自分の生活費だとか、ご家族を養われたりしているので、短いスパンで作品をポンポン出していかなきゃいけないですけど、僕は別に絵本が収入の柱にはないので、極端な話、1つの絵本を作るのに100年かけることだってできる。これが専業と、副業というか兼業の大きな違いだと。兼業のアドバンテージというのは、時間を無限にかけることができること。あ、ここで差別化できるなと思って。そうか、プロというか専業の人というのは実は時間をかけられないんだ、そこが弱点だと思って、「じゃ、ここを突こう!」と思ったわけです。

で、すぐに文房具屋さんに行って「一番細いペンください」と0.03ミリのボールペンを買って、物語は普通、絵本だったら大体17、8ページぐらいなんですけど、80ページぐらいにしちゃいました。つまり、時間がかかるように作り方をデザインしたということですね。どう頑張ったって、この作り方をしたら4年かかっちゃうというような作り方を選んだということです。そうすることで、センスとか才能とかそういうことでなく、物理的にプロが作ることができない作品。これで世界中のプロに、理論上勝った!と。そもそも競っていないから、理論上負けることはないんですけどね(笑)。で、「やった!」と思って。とりあえず「世界一の絵本作家」になったわけじゃないですか、まだ1冊も描いていないですけど(一同、笑)それでスタートしましたね。

職業はいっぱいあった方がいい

STAGE編集部:一見すると専業の方が勝ち目がありそうに見えるんですけど、副業・兼業だからできることもあるということでしょうか?

そうですね。職業をいっぱい持つことって、おじちゃん世代からすると、あんまりよいように見られていないですよね。で、今は、いっぱい持っておいたほうが安全だよとか、リスクヘッジみたいなことを言うじゃないですか。でもそうじゃないなと。

僕、テレビ、超好きなんですよ。テレビは面白くていいじゃないですか。だけど一方で、どんどんテレビがおばちゃん化していっているのが、見ていて悲しいんです。僕みたいな者が偉そうですけど、何とかしたいなと。タレントさん全員がコメンテーターみたいになって、このままずっと井戸端会議みたいな番組ばかりになるのも嫌だなと思って。テレビに対してちゃんと意見を言おうと思ったときに、当然ですけど、テレビ以外のところで飯食えていないと、テレビに意見言えないなと。だから元々やっていたことを面白くする意味でも職業がいっぱいあったほうがよくないですか?

だから今、僕、テレビが嫌だったら帰るんですよ。ムカついたら帰るみたいな(一同、笑)。条件が合わないと出ないとか、そういうふうにしていかないと、これ自体面白くならないから。だから僕がテレビに全ウエートを乗せていたら、テレビが面白くなくなっていったときに意見が言えないですよね。だから安全とかそういうことではなくて、職業がいっぱいあったほうがいいですね。

STAGE編集部:守りのためではなく、攻めるためにも副業があるといいということですね?

はい、副業、いいです!今、僕、7つ8つ肩書きを持っていると思います。昨日もマネジャーに言ったんですけど「芸人やめて、バンドマンやる!」と(一同、笑)。

「認知」ではなく「人気」

STAGE編集部:たくさん肩書きを持てば、お金のためにやらなきゃいけないというのもなくなってくるんですね。

そうです、そうです。テレビのタレントさんというのは広告ビジネスですよね。タレントさんの給料の出どころは、スポンサーさんの広告費。これが制作費になって、この一部がギャラとしていただける。だからタレントさんというのは、求めなきゃいけないのは、テレビが始まってから今までずっと好感度だったんです。好感度がとにかく大事なので、まずいご飯が出てきても、「これおいしい」と言わなきゃいけなかったんです。まずい飯ってあるんですよ。釣りたての魚を船の上で切ってくれたりするの、あれむっちゃ臭いんですよ(一同、笑)。でも僕、当時は「美味しい」って言っていたんです。スポンサーさんの手前、まずいとは言えなくて、好感度の高いタレントにならなきゃいけないんで「美味しい」って言っていたんです。

でも今はそれをやっていると、ウソはウソってばれる時代になっちゃったから、認知度は上がっても人気が下がっちゃうんです。それで不倫ひとつで活動を止められちゃうわけです。「認知」されていても「人気」がなければ、誰も助けてくれないんです。

それを一番強く感じたのは、『はねるのトびら』がゴールデンに上がった25歳の頃、いろんな番組の視聴率を足していったら毎週日本の40%ぐらいから見られていたんですよ。日本の半分近くが見ているってすごいじゃないですか。だけど芸人個人としての集客はガンガン落ちていったんですよ。認知度は上がっても人気が落ちていった。

ファンがいないと何が辛いかというと、仕掛けることができないんですよ。自分が「次あれやるぞ」と思ったときに、「西野何言っているかわからないけど、お前が言っているということは何かあるんだろうから応援するよ」というファンがいないと、圧倒的に新しいものを仕掛けることができない。

25歳の時にこれはヤバイと思って、テレビに出るのをやめて、もう一回劇場からやり直しました。50人の小屋から手売りをして、本当のファンつくろうと。なので、今は結構、思いついたらすぐできるんですよ。とにかく次これやるぞといったら、500人か1,000人ぐらいは「せーの」で動いてくださる。そうやって仕掛けられるようになったので、こっちのほうがやっぱり居心地がいいなと思っています。

STAGE編集部:サラリーマンなど一般の方も個人で活動できるようになったら自由度が広がるということでしょうか?

そうだと思います。今は結構、副業OKになってきていますよね。ただすぐに会社を辞めるということではなく、会社は利用したほうがいいですよ。

僕、大企業はむっちゃいいと思うんです。社員が会社を利用したほうが最終的に会社のためになるから。会社はちゃんとプラットフォームがあって、みんながこれを利用すればするほど、この会社がどんどんよりよくなっていく。そう考えたら、会社以外で食いぶちがあったほうがいいですね。じゃないと、会社に利用されちゃうから。「俺やりたくないですよ」と言っても「首だ」と言われて「勘弁してください」みたいになっちゃうと、会社に利用されちゃうから。基本的には会社を利用したほうがいい。とにかく大企業は「いい」ですね!(笑)

STAGE編集部:収入の安定という面でもよいということでしょうか?

いえ、収入どうこうではなく、やっぱり「大企業の信用はすげえ」ということです。吉本もそんなに優秀なやつはいないんですけど(笑)、でも超すげえのは、創業100年超えているということ。例えば国連と一緒に何かやるという話って、僕がベンチャーでひとりでやっていたら無理なんですよ。でも吉本の信用があるので、国連の話が来たら「ちょっとそれ俺にやらせて」と言えるんですよ。創業100年のような信頼というのは一代では無理じゃないですか。だから大企業はいいですよ。

西野亮廣さん

1980年兵庫県生まれ。お笑いコンビ「キングコング」として漫才をするほか、トークライブをしたり、絵本を描いたりと個人でも精力的に活動。著作に、絵本『Dr.インクの星空キネマ』『ジップ&キャンディ ロボットたちのクリスマス』『オルゴールワールド』、小説『グッド・コマーシャル』、ビジネス書『魔法のコンパス』がある。

STAGE(ステージ)