〈井川沙紀〉「できないことをできないと言う」。ブルーボトルコーヒー代表の“超・自然体”仕事術

インタビュー

「お金とは、選択肢を増やすもの。」(井川 沙紀)

井川沙紀、36歳。2014年11月にブルーボトルコーヒーに入社し、翌15年6月に現在のポジションである日本法人の代表に就任。今では本国のブルーボトルコーヒーUSでクリエイティブ・ディレクターも兼任するほど、創業者ジェームス・フリーマンからの信頼も厚い。サードウェーブコーヒーの旗頭として注目を浴び続けるコーヒーブランドの、日本法人トップの仕事へのスタンス。それは、真っ直ぐで、とても自然体でした。彼女が考える仕事の価値、生き方とは?

入社後、あまりにも何もないことに驚く。「就業規則は……?」

STAGE編集部:2014年11月にブルーボトルコーヒーに入社して、まず感じたことはなんですか?

PR兼人事という立場で入り、オープン前の清澄白河の店舗はもう完成していたのですが、まだまだ準備が進んでいなくて(笑)。人も採用できていない、就業規則も決まっていない、豆の仕入れもこれから……。さらにカップなどの備品も届いていないという状態でした。

STAGE編集部:(笑)。そこからどうやって今のポジションである代表になったのですか?

そもそも代表をやりたいと思ったことは一度もありませんでした。なんなら、立ち上げだけやって、軌道に乗ったら辞めるつもりでしたから(笑)。このブランドの日本上陸のお手伝いができれば、その後のキャリアのためになるかな、くらいの気持ちだったんです。でも何も整っていない状態に、あれもこれもやらなきゃ、といった感じでアメリカ本社と日本の間に入っていろいろと仕事をしていたら、結果、全部のファンクションに携わっていました(笑)。

STAGE編集部:目の前のことを必死でやっていたら、トップになっていた、と。

もっと上を目指したい!という上昇志向が本来あまりないので。2015年4月ぐらいにアメリカから、「代表になれば?」と誘われてはいたんですが、2ヵ月ぐらいは断り続けていました。とりあえずやっているのと、代表になるのとはわけが違うじゃないですか。

STAGE編集部:2015年6月、代表に就任されました。引き受けた理由を教えてください。

「できないって思ったことはそう言ってくれればいいし、とりあえずやってみて、それから判断すればいいよ」って言ってくれたのが大きかったですね。私の仕事へのスタンスを尊重してくれたので。

STAGE編集部:そして代表になったと。1年9ヵ月が経ちましたが、単刀直入に、大変ですか? 楽しいですか?

うーん……、大変です(笑)。最初はそもそもこんな私にスタッフはついて来てくれるのだろうか?とものすごく不安でした。コーヒーを淹れられない人がコーヒーブランドの代表をやっている……。「この人、私たちに何をやってくれるの?」というふうに見られているような気がして。

STAGE編集部:でも、井川さんの笑顔を見ていると、心から仕事を楽しんでいるように見えます。

できないことを「できない」と正直に言えるようになってからですね。「私はコーヒーを淹れられないけど、あなたたちがコーヒーを淹れることに集中できる環境を整えることはできる。だからそういう役割分担でいきたいと思う」、と。そのなかで、初めはできないと思っていたこともできるようになり、一緒に働いていくうちにみんなとの信頼関係が生まれてきたような気がします。

STAGE編集部:通常代表という立場だと、スタッフと同じ目線で話すのはなかなか難しいと思いますが、井川さんはトップとは思えないほどの自然体でスタッフと向かい合っていますね。それがブルーボトルコーヒーの社風なんですか?

そう思います。私が勝手に思っているだけかもしれないですけど(笑)。清澄白河、青山、そして昨年オープンした新宿、六本木、中目黒、品川。日本にいるときはすべての店舗になるべく顔を出すようにしています。あとは店舗でイベントを行うことがあるので、極力そういう場所には行っていますね。

PRすることも会社を経営することも根本は同じ

STAGE編集部:少し話を変えますが、井川さんのこれまでの仕事のキャリアを聞いてもいいですか?

大学卒業後、人材会社に新卒で入りました。アフター5を楽しむOLになるつもりだったのに、子会社の立ち上げをする新規事業のチームに配属されて。3年の間に2社の立ち上げに関わり、「ゼロベースでビジネスを作り上げることをもっと勉強したい」という気持ちになりました。

その後、インキュベーション会社に転職し、企業価値を高めていくためにPRの重要性をひしひしと感じて、その会社では常時6社くらいのPRを担当していましたね。

STAGE編集部:その後、海外飲食ブランドの立ち上げに携わるようになった、と。

PRとして入社し、その会社の社長と二人三脚で物件を探すところからはじめ、3年半で国内16店舗に増やしたり。日本の飲食企業がハワイに店舗出店をするため、現地で出店準備、従業員採用、会社設立に伴う業務を経験したり。転職を重ねましたね。

STAGE編集部:新規事業を立ち上げにさらにPRをする……。井川さんはここに仕事の面白さを見出していると思うのですが、その醍醐味は何ですか?

まず、ゼロから新しいものを発想できる人を尊敬しています。私はできませんが、その人が考えたモノを10人じゃなくて100人、1000人に届ける手伝いはできるかもしれない。考えや思いに共感し伝えていくことが好きなんだと思います。伝える手段が最初はPRでしたけど、会社を作るということも、従業員を通して創業者の思いを伝えていくっていのも同じ“伝える”という流れのなかに今はありますね。

STAGE編集部:大きさや広がりは違うけど、PRをすることと、会社を経営することはあんまり変わらないんじゃないかと。

今でいうと、創業者ジェームスの思いに対してものすごく共感していて、それを広めていくこと。それから、彼が思っていることを日本のマーケットに合わせて、どうやって表現していくかということ。日本マーケットを統括することはもちろん責任は大きいけれど、根本にあるそういう思いはそんなに変わらないですね。

“自然体”で流れ着いた先は、USの未来をも決めるポジション

STAGE編集部:今後、日本のブルーボトルコーヒーをどうしていきたいですか?

今の日本マーケットがサードウェーブコーヒーに持つイメージって、まだまだファッションのよう。流行に敏感な人のためのもので、コーヒーに対するこだわりでブルーボトルコーヒーを選ぶお客さんはまだ少ないと思っています。それをどうやって増やしていくが課題。ワインみたいに「あの産地のコーヒー豆美味しいよね」って、コーヒーそのものを楽しむ文化を作っていければ。コーヒーのことをもっと知ってもらうべく、イベントやセミナーは各店舗でこれからも積極的にやっていきたいですね。コンビニで美味しいコーヒーが100円で飲める時代に、5倍のお金を払って飲んでいただく価値を伝え続けていくことが大事だと思っています。

STAGE編集部:井川さんは日本の代表に加え、現在アメリカ本国のブルーボトルのお仕事も兼務されているとか。

ブルーボトルコーヒーUSにもクリエイティブ・ディレクターとして所属しています。日本のマーチャンダイジング含め、これまでやってきたことを認めてくれているみたいで。今は、アメリカのクリエイティブ関連をすべて見ていて、PR、マーケティング、デザインも私の裁量で動かしていますね。アメリカではブルーボトルの店舗は現在30あるんですけど、今年一気に25店舗ぐらいオープンさせる予定なので、そこにも関与することになっています。新しいマーケットでブルーボトルブランドをローンチした経験は、今の会社には私にしかないので。そういう意味では仕事が広がっていますね。

STAGE編集部:改めて聞きます。今、大変ですか? 楽しいですか?

大変です(笑)。でもありがたいですよね。経歴とかを飛び越えて、これだけのことをやらせてもらっていますから。これも社風なんでしょうね。とはいえ、今の仕事にしがみついていたくはないので、やるだけやって、私がボトルネックになって会社の成長を妨げるようなことになった時点で、役割を見直す必要があると思います。今はとにかく、私が成長させられるところまではいてもいいのかなって思います。

STAGE編集部:こうじゃなきゃダメみたいな、いい意味でのこだわりが全くないんですね。

いや、昔はありましたよ。だけど失敗もいっぱいしたし。「なんかもういいや! 全力でぶつかっていく私のスタイルのままでいいや!」って(笑)。どっかで吹っ切れちゃいました!

STAGE編集部:自然体ですよね(笑)。スポンジのごとく物事を吸収して、でも肩肘は張らない。できないことをできないとはっきり言えることが、井川さんのひとつの能力なんじゃないかと思えてきました。

あまりプライドがないので。できないことがスタートにあるというか、だから必要以上のプレッシャーも感じてないですし。自分の限界も知っているし、いつもとりあえずやってみて考えています。みんなでベストを尽くして、一人で勝つよりみんなで勝ったほうがいいじゃん!と。

人生は「すごろく」。100%やったならふりだしに戻ったっていい

STAGE編集部:とりあえずやってみる、簡単に聞こえますが実は難しいことですね。

日本の女性は、特に優秀な人ほど制度や肩書き、普遍的な価値観にとらわれて、一歩を踏み出せない人も結構いますよね。先日、うちのバリスタの女の子が将来の自分の行くべき道に悩んでいて話を聞いていたんです。
やりたいことはあるんだけど、その先が見えない、と。

STAGE編集部:どんな風にアドバイスされたんですか?

登山式に物事を考えるのをやめれば?と。私の人生のイメージは「すごろく」なんです。一回休みのときもあれば、5マス進むときもある。ひとつの目標を山の頂上と捉えてしまうと、その山に早く登ろうとすることばかりにこだわろうとしてしまうけど、その山は人生という道の中のひとつで、その山の頂上に到着したら終わりじゃないし。人生は長いんだから。

STAGE編集部:ひとつの山に登ることばかりを考えない方がいい、と。

ひとつの山の登頂に成功することに一喜一憂しても仕方ない。がんばっていなかったらそれは自分の責任だし、後悔もするし反省もしなきゃいけないけれど、がんばったって言えるほどやったんだったら、結果、一回休みでもふりだしに戻ったとしても、それは別にいいんじゃないかと思うんです。100点をとることと、100%やったこととは違う。それは分けて考えたほうがいい、とアドバイスしましたね。100点かどうかは相手が決めること。自分は100%やったって言える状態を、自分の人生の判断材料にしたらいいんじゃない?と。

プライベートでは偏った“ひらめきショッピング”が井川流

STAGE編集部:最後にプライベートの話を少しだけ聞かせてください。井川さん流のお金を使うルールを教えてください。

うーん……、特にルールはないかもしれない (笑)。買い物も悩まないし、これと決めたら即決で買いますね。
“ひらめきショッピング”と呼んでいます(笑)

STAGE編集部:特に値段も気にしないですか?

疲れ果てたときの自己投資にはどんと使えても、100円単位の出費はなぜかケチっちゃいますね。洋服を買うときは完全に“ひらめきショッピング”。決断は早いですね。お金自体に執着心は特に持ってはいないですが、ないよりもあった方がいい。あった方が決断を早めてくれるし、人生の選択肢を増やすものだと思うから。例えば、何か自分で起業したいと思ったら、お金があるかないかでその時の行動が変わりますしね。

STAGE編集部:井川さんの“ひらめきショッピング”論、仕事に通じることってありますか?

決断の早さですね。あまり悩まないですし、違うと思ったら違うって言います。そのスピードは年齢を重ねるごとにどんどん早まっているような気がします。

STAGE編集部:経営の視点で会社のお金のことを判断することと、個人のお金のことを判断することの違いはなんですか?

バリスタの仕事って大変なんですよ。会社のお金は、バリスタが一杯一杯コーヒーを淹れて稼いでくれているので……。スタッフたちの努力を無駄に使っちゃいけないと強く感じます。だからよりシビアになりますし、スタッフには心から感謝しています。

「お金とは、選択肢を増やすもの。」(井川 沙紀)

<the key item for my STAGE>
HIROTAKAのジュエリー

突然金属アレルギーになり持っていたアクセサリーがつけられなくなってしまい、何か新しいものを新調したいと思ったときに、たまたま出会って一目惚れしたという、ファッショニスタに人気のジャパニーズブランド。「シンプル・華奢・上品だけど、印象に残るデザインってところが気に入ってます。そんなイメージにちょっと憧れているのかもですね」

<インタビューをしたお店>
ブルーボトルコーヒー 中目黒カフェ

昨年10月にオープンしたばかりのブルーボトルコーヒー国内第5号店。住宅街にある工場をリノベーションした店内では、オーダーを受けてから一杯ずつ丁寧に淹れるスペシャリティコーヒーが楽しめるほか、コーヒーに関するワークショップやセミナーに参加することもできる。
住所:東京都目黒区中目黒 3-23-16
電話番号:03-5725-0218
営業時間:8:00〜19:00
定休日:なし

井川沙紀

ブルーボトルコーヒージャパン 取締役

1980年兵庫県生まれ。新卒で大手人材派遣会社に入社。その後、ベンチャーインキュベーション会社を経て、2010年に米国のソフトプレッツェルブランドの日本展開に従事。PR、販促、採用などを担う。13年に日系外食企業にてハワイでのレストラン事業展開に参画。14年11月にブルーボトルコーヒージャパン合同会社に広報・人事マネジャーとして入社。15年6月に取締役に就任。16年11月には6店舗目となる品川カフェがオープン。 https://bluebottlecoffee.jp/?lang=jp

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