2018年7月22日 更新

ひとりぼっちは孤独ではなく、孤高のひとり上手でありたい

元は5人家族で留学生を預かっていた時には一人増えて6人の大家族。テーブル一杯に料理を並べにぎやかな食卓を囲んだ日々は遠い過去の記憶となっています。子供も成人するとひとりで過ごすことが多くなり、ときには寂しさを感じることもあります。

一人は寂しい二人でも孤独

同世代は未婚率も低く、周りを見渡しても「おひとり様」ほんと少ない。時々仲良く買い物をしているご夫婦を見かけると、あのまま結婚生活を続けていたらとチラッと頭の隅に浮かびますが、すぐさま「ないない」と否定する。

ひとりの寂しさを感じることはありますが、でも、二人だから寂しくないというものではないと思います。むしろ、二人でいながら孤独を感じるほうがより一層寂しさは募る。

ここまで書いてその事を想像すると、急に手足が冷え「さぶーっ」と凍える思いがします。やはり自分ひとりで自由に生きる方が私には幸せです。

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孤独だと思わない

自分が「ひとり」であるということは常に感じています。でもそれが「孤独」であると感じたことは記憶にないのです。「孤独」とは一人ぼっちであること。

環境的にも「ひとり」も「孤独」も同じでしょうが、どこかで自分は別物だと線引きをしていると思うのです。孤独の正体って、誰かに頼りたいのに出来ない。自分を理解してほしいのに相手がいない。こうして人に期待をしすぎるから起きる感情ではないでしょうか。「ひとり」も「孤独」もその人の芯の部分で決まるのではないかと思います。なにごとも「自分のことは自分でする」と決めていれば「孤独」を感じる暇はないかもしれません。

ひとりの時間をもつこと

一日のうちでほんの少しただぼんやりと過ごす時間を大切にしています。天気のいい日にはリビングのソファーにもたれ窓辺の木漏れ日に癒されたりして。

今そこはもうすぐ一歳になる愛犬の特等席でもあり、私が独占出来る時間はありません。どんなに愛しい家族がいても、ひとりになる時間を大切にしています。仕事終わりにわざわざ電車に乗ってお気に入りの書店へと向かいます。人気のカフェを併設しており、眺めのいい窓辺のソファー席に深く腰をおろし、しばしボーと行きかう人を眺めたり、雑誌を読んでみたり、すると、どんどんエネルギーチャージしていくのを感じます。好きなドリンクで喉を潤すと、カサカサしていた体も心も細胞までが元気になったように感じて、「ひとり」を存分に楽しんでから家路に着くのです。

「ひとり」はぼっちではなく上手

ひとりで食事をとることが好きです。誰に遠慮することもなく、好きなものを好きな場所でいただきます。自宅では、旬の食材を使ったり、冷蔵庫のあるもので簡単に作れる、食べたい物をぱぱっと準備します。そして、お気に入りの器に丁寧に盛り付け、テーブルにクロスやマットを敷いて、食事を目でも楽しむことに手間を惜しみません。

せっかくのお料理を「おいしいね」という相手がいないのは他人から見れば寂しい姿に映るかもしれません。でも、言葉を発する必要がないので、その分純粋に食事を楽しめるのです。「ひとり」にはひとりの良さがあるのです。ひとりぼっちは、孤独ではなく孤高のひとり上手でありたいと思います。

【前回の記事はこちら】
52歳からのお金のリアル、「介護とお金」私の場合 〜後編〜
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