2017年8月3日 更新

富者の遺言 第1章 始まり~本当にそれでいいのですか? [第2話]

元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。"ファイナンシャルアカデミー代表"泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。

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2017.7.7
平成23年11月11日17時
 秋の陽はとっぷりと落ちて、あっという間に夜がやってきた。街灯がチラホラ点きだして、僕の周りもぼんやりと人工の光で照らされ始めた。
 だけど、僕はというと、目はうつろで、大量生産のジャンパーで寒さから身を守りながら小刻みに震える姿はまるで、哀れな小動物のように見えただろう。
「温かいものが欲しいな…」
 僕はジャンパーのポケットに手をつっこんで小銭を何枚か探した。左のポケットに一枚、右のポケットに二枚あった。ほっとした気持ちが全身に広がる。
 しかし、その硬貨を全部引っ張り出した時、さっきよりもひどい落胆が僕を襲った。
「十円たりない」
 手の平に載せた硬貨の数はいくら数えても同じだった。
「飲み物ひとつ買えないのか…」
 ため息をついて、ようやくベンチを離れることに決めたとき、背後から声がした。
「これ」
 暗がりの向こうから、たしかに声が聞こえた。柔らかく芯の通った響きが心地良かった。
「誰?」
 僕は目を凝らして暗がりの向こうを見つめた。やがてぼんやりとした影は、はっきりとした輪郭に変わった。
「これ、良かったらお貸ししますよ」
  そこには十円硬貨を持った品の良い長身の老人が立っていた。見たところ、歳は七十歳位だろうが、姿勢が良いせいか、かなり大きく見える。白いあご髭をたくわえているその老人は微笑を浮かべながら僕にゆっくりと、しかし遠慮なく近づいてきた。
「どうぞ」
 老人は十円硬貨を僕の手に渡し、強く握った。
「あ、ありがとう…ございます。どなたか存じませんが、よろしいんですか?」
 僕は少し不審に思いながらも老人の厚意を受けることにした。口調は実に柔和だが有無を言わせぬ不思議な迫力も同時に感じた。でも、とにかくこれで温かい飲み物が買える!僕はお礼もそこそこに急いで自動販売機に向かった。一枚一 枚、硬貨を投入口に入れるにも入口に入れるにも手がかじかんでうまくいかなかった。
 なんとかすべての硬貨を投入し終え、お気に入りのロイヤルミルクティーのボタンを押そうとした時、またしても背後から声が聞こえた。
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「本当にそれでいいのですか?」
 もちろん、老人の声だ。
「はい?」
 僕は老人の発言の意図が読めず思わず大きな声で尋ね返してしまった。
「だから本当にそれでいいのかね?」
「言っている意味がわからないのですが……」
 老人はゆっくりと歩きながら自動販売機の前に立ち塞がった。
「だから本当に、本当にそれでいいかね?」
 老人は先ほどと同じ柔らかくも迫力に満ちた声のトーンでまったく同じことを再度尋ねてきた。
(なんなんだ? この人)
 老人の意図がまるでわからない僕は、ほんの少しだが苛立ちを覚えた。
 確かに十円を貸してくれたのはこの老人だ。もちろん感謝もしている。しかし、たかが十円だとも言える。十円程度で飲むものまで指図されたのではたまらない。僕は今、温かいミルクティーが飲みたくて仕方がないのだ。
 僕は思い切って老人に言った 。
「お金をお借りしたうえでこんなことを言うのは、重々失礼だと承知していますが、僕が何を飲もうが僕の自由ですよね」
「………。」
 老人は僕の言葉に何も答えなかった。
「ひょっとして……僕が十円を借りたとき、あなたに頭を下げなかったことを怒っているんですか?」
 その質問にも老人は答えなかった。
「何とか言ってもらえませんか?もう遅い かもしれませんけど、この通り頭を下げますから勘弁してもらえませんか?」
 僕は、この状況をやり過ごそうと申し訳なさそうな態度でペコリと頭を下げた。
 しかし、老人はそんな僕の行動にもまるで動じることはなかった。
「そう言うなら、もっと頭を下げてもらえるかね」
 にこやかに微笑みながら僕の目を見てそう言った。
「はい?」
 老人の予想外の一言に、僕は一瞬戸惑ったが、精一杯の作り笑顔でこう返した。
「十円くらいで、随分強く出るんですね。頭を下げればいいんですね。はい、ありがとうございました!」
 僕はヤケになりながら、自動販売機の前に立つ老人に頭を下げた。
 さっきよりも丁寧に頭を下げる僕に老人は衝撃の一言を告げた。
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この記事のキュレーター

泉 正人 泉 正人
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