「一過性のブームの商品にここまでお金を投入すること自体、ナンセンスだったのか」第15章[第29話]

小説『富者の遺言』
元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。"ファイナンシャルアカデミー代表"泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。
2018.1.26
 僕は認めたくなかったのですが、クリームおにぎりの人気のかげりは経営者としては現実として受け止めなくてはいけませんでした。そうして、新店舗のコンセプトのテコ入れにも着手しました。クリームおにぎりしか置いてなかった店舗に旧店舗と同じように定番おにぎりも置いてみたのです。
 この戦略は、一日二十個程度の売り上げに貢献してくれましたが、S駅のコンコース内では、他に弁当系のお店も多かったため、差別化がうまくできず、何の変哲もないおにぎり屋になってしまいました。
 またT町のようなおしゃれなカフェが並ぶ街中で、誰がテイクアウトでおにぎりを買うでしょうか。
 その後、また方向性を少し変えて、米粉のパンをベースに作ったサンドイッチも売り出しましたが、これは原価コストがかかるばかりで、売り上げ向上には結びつきませんでした。
 スタッフの間で評判の悪いことでも、効果が一%でもあるかもしれない、と思うことは色々なことを試しましたが、前と同じ売り上げが戻ることはありませんでした。売り上げの減少は、日々のキャッシュフローにも深刻な影響を与えていました。新店舗で負った廃棄損は、そのまま旧店舗の利益を食う形になってしまいました。
 それでも、まだ新店舗を撤退しなかったのは、意地みたいなものがあったのでしょうか。自分の意思で、それまでうまくいっていたことを変えた。効率化と拡大化に舵を切った。それが、すべて間違いだったとは認めなくなかった。
 冷静になった今なら、振り返っていくらでも失敗の原因は思い浮かびます。そもそも一過性のブームの商品にここまでお金を投入すること自体、ナンセンスだったのか。
 当時、僕は、まだ死の谷のど真ん中にいる、と自分と社員たちに言い聞かせました。今はガマンの時期だ、と。それでも刻々と、手持ち資金は減っていきます。しかし、こんな経営状態でも材料の仕入れはしないといけません。そして、そのお金にも事欠くようになってしまいました。
 僕は、キャッシュフローが悪化する原因をなくす努力をしようと決意しました。
 また、大谷の所に相談しに行ったのです。 
 大谷は、僕の話を最後まで聞くと、こんな言葉を投げ返してきました。
「売り上げの五%がきつい?」
「すまない大谷、今は本当にキツいんだ。踏ん張りどころなんだ。こないだ、銀行からの追加融資も受けたばかりなのに、もう資金が回らないんだ。大谷と交わした売り上げの五%を支払う約束を、せめて利益の五%にしてくれないか?
 今の店舗全体の月の売り上げはおよそ五〇〇万円だ。でも、家賃や人件費、廃棄損などを合計すると月四〇〇万円支出がある。この場合、売り上げの五%は二五万円だが、利益の五%なら五万円になる。およそ五分の一ですむ。今の米角では、この二〇万円の差が大きいんだ。以前の米角だったら、コストは同じで、売り上げは倍だったから、ここまでの差はなかったんだが、今は状況が違う」
「そうか。でもそれは、こちらとは関係のない話だ、……と言うと多分、人でなし扱いをされるんだろうな。なあ、約束ってなんだろうな?」
 第30話へ続く
(毎週金曜、7時更新)

泉 正人

ファイナンシャルアカデミーグループ代表・一般社団法人金融学習協会理事長

日本初の商標登録サイトを立ち上げた後、自らの経験から金融経済教育の必要性を感じ、2002年にファイナンシャルアカデミーを創立、代表に就任。身近な生活のお金から、会計、経済、資産運用に至るまで、独自の体系的なカリキュラムを構築。東京・大阪・ニューヨークの3つの学校運営を行い、「お金の教養」を伝えることを通じ、より多くの人に真に豊かでゆとりのある人生を送ってもらうための金融経済教育の定着をめざしている。『お金の教養』(大和書房)、『仕組み仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、著書は30冊累計130万部を超え、韓国、台湾、中国で翻訳版も発売されている。一般社団法人金融学習協会理事長。

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