ロボットAIと人間が一体化する「自在化身体」で未来はどうなる?

「人間拡張工学」という分野で研究されている「自在化身体」は、装置を装着すれば人間の能力を拡張して「超人」になれる技術です。それは未来の産業、ビジネスをどう変えるのでしょうか? 人間と技術の進歩との関係には、光の部分もあれば闇の部分もあります。

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2019.4.26

人間拡張工学が生み出す「自在化身体」とは

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いま、ロボットやAI(人工知能)の分野は研究が急速に進んでいて、介護ロボットや手術ロボット、AIを利用した自動運転や自動翻訳など、さまざまな形で実用化されています。そんな研究の一分野として「人間拡張工学(Human Augmentation)」というテーマがあります。
人間拡張工学とは、人間の能力の拡張(Augmentation)を目指す工学技術で、それを利用して拡張された能力を実装した人間の身体を、「自在化身体(Jizai Body)」と名付けたのは、東京大学先端科学研究センターの稲見昌彦教授です。稲見教授は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「自在化身体プロジェクト」で研究総括を務めています。
能力を拡張するとは、わかりやすく言えばそのへんにいる普通の人が、陸上の100メートル走をジャマイカのウサイン・ボルト選手の世界記録9秒58よりも速く走れるようになれるようなことです。ちなみに稲見教授は一般社団法人「超人スポーツ協会」の共同代表も務めていて、2020年の東京五輪に合わせて「超人オリンピック」のようなスポーツイベントを開催することも考えています。

人間がロボットやAIを着る「自在化身体」

能力の拡張としてはその他に、世界的な名ピアニストでも難しいとされている曲を自分の指でたやすく弾けるようになるとか、数キロ先を歩いている人の顔を識別できるとか、イヌ並みの嗅覚を持てるとか、そんなことも考えられています。
まさにそれは「人間の能力を超えた人間」つまり「超人」になるということですが、ロボットやAI、バーチャルリアリティ(VR)、人間工学に基づいたウエアラブル技術、情報通信などのテクノロジーを結集させ、統合させることで、それを可能にしようとしているのが人間拡張工学です。SFの世界の話のようですが、人間拡張工学はいま、世界各国の大学や研究機関で研究が進められています。
人間の能力を拡張する自在化身体は、単体のロボットやサイボーグとは異なります。ロボットは動く時、原則としてロボット自身が動きを制御しますが、自在化身体は人間の脳が制御します。SFのサイボーグは人間の骨格や筋肉などの器官を機械に入れ替えてしまいますが、自在化身体は原則として人間の身体には手を加えません。
人間は、ロボットやAIなどを搭載した「装置」を“着る”ことで自在化身体を手に入れます。そうやって「超人」になっても、服を脱ぐように「装置」を外したら、「普通の人」の生活に戻ることができます。

「自在化身体」は産業、ビジネスを変える?

人間の能力を拡張する自在化身体は、未来の産業、ビジネスを変える可能性を秘めているのでしょうか?
たとえば、人形職人がひな人形の顔の「目を刻む」「肌を仕上げる」「唇に色をつける」という異なる3種類の作業を同時に、正確に行って作業時間を3分の1に短縮する、あるいは学校の先生が東京と名古屋と大阪で同時に授業を行って生徒の質問に的確に答えるといった「離れ業」も、自在化身体によってできるようになります。「自在化身体」を持つと、人形職人はまるで手を何本も持っている「千手観音」のように、同時に複数の作業が行えますし、学校の先生はまるで忍法の「分身の術」を使っているかのように、複数の場所に三次元ホログラム映像として現れ、それが人にものを教えることができます。
人形職人の話は「マルチタスク職人」と言って、作業工程を一度に処理できることで作業時間の短縮ができ、品質を保ちながらより短納期で仕事を行い、また、複数の職人の仕事を一人でこなすことで人件費コストを抑え、他社との競争に勝つことができます。そんな作業の合理化により、産業界でいま問題になっている人手不足の解消にも貢献できることでしょう。
しかしビジネスの世界ではむしろ学校の先生の話のほうが重要になるかもしれません。それは人件費コストの削減効果が大きい「管理職の省人化」に直結するからです。
たとえば東京本社にいる執行役員が、「分身の術」を使うように大阪支社の営業部長の仕事も名古屋工場の工場長の仕事も同時に、完全に行えるなら、大阪支社営業部長、名古屋工場長はいらなくなります。それが本当に実現すれば、管理職の人数を減らすことができ、ホワイトカラーの生産性は向上することでしょう。事業拡大中の成長企業が直面しがちな「拡大している組織を管理できる人材が追いつかない」という悩みも解消されます。
しかし、自在化身体を持った経営幹部が「兼任」で組織を管理し、中間管理職を廃止してしまうなど、サラリーマンのささやかな出世願望を踏みつぶす「暗黒の未来」ではないかと思われるかもしれません。産業革命の時代に機械の打ち壊し運動が起きたように、人間と技術の進歩の関係には光の部分も闇の部分もあります。あなたはどう思いますか?
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寺尾淳(Jun Terao)

寺尾淳(Jun Terao)

本名同じ。経済ジャーナリスト。1959年7月1日生まれ。同志社大学法学部卒。「週刊現代」「NEXT」「FORBES日本版」等の記者を経て、現在は「ビジネス+IT」(SBクリエイティブ)などネットメディアを中心に経済・経営、株式投資等に関する執筆活動を続けている。
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