2017年12月20日 更新

〈為末大〉「スポーツ」で社会問題を解決する。その可能性を探るための新たなレースが始まった。

陸上男子400mハードル選手として、シドニー、アテネ、北京と過去3度の五輪に出場してきた為末大さん。日本でも数少ないプロ陸上選手としても活躍してきました。一方で数々の著書を出すなど、アスリートきっての理論派としても人気を集めています。今回は為末さんに、引退後の目標やお金、投資についての考え方を伺いました。

2015.3.28

34歳での引退を決意。その先の人生を考えた。

神原
為末さんの本で書かれている内容や引退後の活動などを見ていると、非常にロジカルで戦略的な方なのだという印象を受けます。そういった素養はいつ頃身につけたのですか?

為末
子供の頃からかもしれません。体育の時間に「ポートボール」というバスケットボールみたいな競技をやったときのことですが、ルールでは禁止されていなかったので、友達を肩車してボールをゴールに入れようとしたことがあります。もちろん先生には怒られました(笑)。当時からルールや常識、みんなが普通と思っていることを疑って、いろいろと試してみることは好きでした。
神原
常識に縛られない性格は誰かからの影響ですか?

為末
スポーツそのものからの影響だと思います。スポーツの世界では、ルールが変わったり常識がひっくり返ったりすることはよくあります。たとえばカール・ルイスが活躍した時代には「長身が有利といわれていたのに、その後モーリス・グリーンが出てくると「手足が短いほうが良い」という話になった。「今は常識でも、いつか常識じゃなくなることがある――気持ち的にもそう構えていたほうが変化に対応しやすいですよね。そんな意識や経験が、自分の性格をつくったのかもしれません。

神原
引退後の人生について意識されたのはいつ頃からでしょうか。

為末
25歳くらいのときに、練習の疲れが翌日になっても回復しないことがしばらく続き、体力的な衰えを感じて、引退後の人生をぼんやりと考えるようになりました。そして30歳で北京五輪に出た後、「次のロンドン五輪への挑戦を最後に引退しよう!」と決めたので、その4年間は引退後の去就についてよく考えました。その際、「自分は陸上競技を通じて何をやりたかったんだろう……」と自問自答しました。陸上に取り組んできた目的を明確にすれば、その目的を達成するための別の手段が見つかると考えたからです。
神原
考えた末に見つかった目的とは?

為末
「びっくりさせること」だったんです! 子供の頃、運動会で速く走ると親や友人がびっくりして、それが面白かったという体験が根本にありました。競技を続けたのもその延長線上です。勝てないといわれた試合で勝つとか、日本人で初めて短距離種目でメダルを獲得するとか、人にインパクトを与えることが自分のやりがいでした。そして陸上競技ではもうびっくりさせられなくなったので、「次はどんな手段で世間をびっくりさせようか」と考えているところです。
スポーツの語源はラテン語の「deportare」にあるとされます。表現をするとか発散をするという意味で、英語だと「play」。英語では演劇も音楽も遊びもスポーツも「play」で表現しますよね。裏を返せばスポーツは単に競技の側面だけではなく、遊びだったり気晴らしだったり表現だったり、いろんな使い道があるということ。スポーツの新しい楽しみ方を何らかのかたちで世間に広めることで、たとえば「気が付いたら健康寿命が延びていた!」ということになれば、インパクトを与えられますよね。そういうことに挑戦していきたいと考えています。

40歳までに「ミスタースポーツ」になりたい

神原
引退後の生活は現役時代とはかなり違うと思いますが、一番大きな変化は?

為末
1日が長く感じるようになりました。アスリート時代は、陸上競技に使う時間はだいたい決まっていましたが、今は仕事をしようと思ったら早朝から深夜までずっと働けます。それくらい仕事をすると、体は疲労していないのに頭にだけ疲れが溜まります。それで頭の疲労を回復するためには体を動かす必要がある。そういう今までとは違うパターンがだんだん分かってきました。
それから根性論とか精神論に対する考え方も変わりました。アスリート時代は世界のトップを目指していたのですが、ウサイン・ボルトみたいな天才選手が現れると、「根性論や精神論ではどうにもならないことはあるな……」とある意味達観していたんです。ところが一般の社会では、勝利のかたちはいろいろあり、必ずしも世界トップにならなくてもいい。だからこそ「気合いと根性で、たいていのことはなんとかなる!
と思えるのです。そこに気づいたのは新しい発見でした。
神原
34歳にして大きな転換期を迎えられたわけですが、今後の人生のなかでどのあたりに目標を設定していますか?

為末
とりあえず40歳になるまでの目標は、長嶋茂雄さんが「ミスタープロ野球」と呼ばれたように、「ミスタースポーツ」と呼ばれるポジションになることです。私の考えるミスタースポーツとは、社会のなかでスポーツに新たな位置づけを与えていく人です。たとえば高齢者がスポーツする機会を増やせば、医療費が抑制されたり健康寿命が延びたりといったことが実現するでしょう。また、運動能力だけでなく、目標設定能力や瞬時の判断力を鍛えられるスポーツの指導方法を考案すれば、「地頭」の良い子供を育てることができるかもしれません。スポーツ選手同士のつながりを外交に生かせば国家間の問題解決にも役立ちますよね。スポーツを使って社会のさまざまな問題を解決する可能性を探っていきたいと思います。
神原
アスリートとして活躍したなかで、海外選手との交流もおありだったんですよね。

為末
はい。選手時代はライバル同士でも、引退した後は、競技の苦しみや国を背負うことの重さを同じように味わってきた仲間として、非常に強い友情が生まれます。そこで得た人脈をもっと生かせる場はあると思うのです。ただ私自身は政治のことはよく分からないので、ビジネスや社会起業の世界で人脈を生かしていきたいと思います。
神原
代表理事を務めていらっしゃる「一般社団法人アスリートソサエティ」の活動も新しい挑戦の一つですね。

為末
アスリートソサエティの目的の一つは、アスリートのセカンドキャリア支援です。アスリートは目の前の結果に集中するあまり、視野が短期的になりがちです。将来のことをきちんと考えず、引退して数年で経済的な危機を迎える人も多いのです。現役時代から引退後の人生設計について考えてもらうため、勉強会をしたり、地域のスポーツチームに指導者を派遣したりしています。
神原
自分のライフプランを自分で立てる能力は、アスリートだけでなく日本人全般に足りないことかもしれませんね。

為末
おっしゃる通りです! アスリートのセカンドキャリア問題を考えると、社会の問題が浮き出てきます。一流アスリートの多くは、子供の頃に親の勧めに従うまま、自分の意志とは関係なくそのスポーツを始めています。そしてそのままアスリート人生を歩むことになった。だから引退後に初めて、自分で人生の大きな選択をすることになり、迷ってしまうのです。いい大学を出ていい会社に入ったエリート会社員が、定年退職後に「これからどうしよう……」と大きな喪失感を味わうのと似ています。そういった問題についても分析していくと面白いと思います。
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