「つまり、勝つ為にお前に声をかけにきたんだ」第7章[第14話]

小説『富者の遺言』
元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。"ファイナンシャルアカデミー代表"泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。
2017.9.29

「え? おにぎり屋?」

 その理由を尋ねると、大谷はこう答えた。
「これは将来、アメリカで展開しようと考えているビジネスなんだ」
 あいつはアメリカで日本食の持て囃されぶりを目の当たりにした 。大谷が留学したアメリカの田舎町ですら、日本食レストランが何軒もあったのだ。(味はとても日本食といえるようなものじゃなかったらしいが)
 日本食のイメージはやはり健康フードだった。健康に気を使う裕福な層の人たちは、オーガニック野菜を使った料理を常に求めており、日本食レストランはいつも客が溢れていた。
 アメリカという国は、不思議な国で誰もが安いお金でお腹いっぱいに満たすことができる。しかし、それは高カロリーで、味が過激なジャンクフードに限った話だ。反対に、質素で低カロリーな食事は、高いドルを払わなければ、食べられなかった。
 大谷はアメリカで実感したことを僕に事細かに話した。
「アメリカで日本のおにぎりを売ることを最終日標に、日本でおにぎり屋としての成功実績を作る。そして、そこで手に入れたノウハウを元に、フランチャイズ展開を考えているんだ」
 大谷の熱の入った話ぶりに僕はどんどん飲み込まれていった。
「でも、おにぎりなんて、たかが一〇〇円くらいの商品だろう?利益なんて出るのか?」
「俺は起業コンサルタントを仕事にしている。起業する奴の大半は飲食業だ。それはなぜかわかるか?」
「なぜなんだ?」
「理由はふたつある。ひとつは参入障壁がかぎりなく低いこと。もうひとつは現金商売だからキャッシュフローで困ることが少ないんだ。事業をやるうえで運転資金が少なくて済むのは大事だろう?」
「だけど、参入障壁が低いということは、ライバルが多いということだろう。それでも勝算があるのか?」
「いいか、飲食業というのは、一度軌道に乗せてしまうと上がりも大きい。それはなぜかというと、コストが低いからだ。参入障壁が低いからライバルが多いと考えるお前は流石だが、その前に普通のビジネスには先行投資分があるということ忘れてはいけない。何億もする大きな機械を購入する必要もなければ、最初からお客を抱えている必要もない。言うなれば、お客は世の中すべての人間だ。そういう意味で総需要は安定している。人間、食べなくなるということはないからな、必ず三回食べる。その三回のうち一回、うちのおにぎりを食べさせるのは難しいことじゃない。
 だが、お前が指摘した一〇〇円くらいで商売になるのか? という疑間はあるだろう。ここで、俺がさっき話したアメリカの日本食レストランの話を思い出してほしい。あの日本食レストランは、味はイマイチだったが、他の料理屋にはないものがあった」
「何があったんだ?」
「ブランドさ! 日本料理にはヘルシーかつ美味しいというブランドがある。そのブランドがなければ、あの味がイマイチな日本食レストランは、誰にも見向きされないだろう。僕が目指しているのは、そこさ! お客にブランドの価値を見いださせたら、かかるコストに比べて何倍もの値段をつけて売り出すことが可能だろう。そうして大きな利益を得ることができる。
 お前は、日本でなぜフランス料理屋が高いか知っているか? 同じヨーロッパ圏のイタリア料理やスペイン料理と使う食材が大きく違うわけじゃないのに、それらより高めの値段設定ができるのは、やはり、いまだにフランス料理のブランドカが強いからだろう。フランス料理の価値を認め、より多くのお金を払う人間がいるといった方がわかりやすいかもしれない。飲食業は最も低い投資額でブランド商売を作ることができる。服や電化製品のような大きな工場は必要ない。必要なものは鍋や釜、包丁を操る腕とコンセプトの三つだけだ」
「包丁を操る腕は? 僕らがこれから修行するのか?」
「それは心当たりがある。心配しなくても最高の人材が用意できるはずだ。それから日本食のなかでも、おにぎりを選んだのも、一度、レシピを作って、制作行程を仕組み化できれば、回転寿司チェーンみたいに職人は沢山必要ないからなんだ。まずは、そいつひとりで大丈夫だと思う。俺はこの商売は絶対にアメリカで当たると確信している。むしろ、日本での高級おにぎりの展開の方が難しいだろう。だが、俺はビジネスの成功の秘訣を沢山の起業家を見て知っている」
「それはなんだ?」
「何をやるか?じゃない、誰とやるか?だ。ビジネスパートナーとして、俺はお前とやりたいんだ」
 そこから、大谷はまくしたてるように、このビジネスに懸ける思いと勝算、そして僕を選んだ理由を並べたてた。このあたりもアメリカ仕込みなのだろう。褒められて悪い気がする人間はいない。
 そして、最後にこうつけ加えた。
「つまりは、勝つ為にお前に声をかけにきたんだ」
「それは銀行員である僕という意味なのか……、それとも……」
 大谷はもったいぶって、十分に時間をあけて答えた。
「もちろん、努力家のビジネスパートナーであるお前という意味さ」
「わかった。大谷が思いつきでやろうとしていないこともわかった。それにお前が何かやるなら、きっと成功するだろう。お前はそういう星の下に生まれてる気がする。だが、このことは一旦考えさせてくれ」
     *
 老人は複雑な表情で僕の話をずっと聞いていた。
 この老人が、この時の僕を見たら、なんと言っただろう。
 この大谷という口のうまい男の話に乗ろうとしている僕を止めただろうか?
 それは誰にもわからない。ただ、この時の僕はようやくチャンスが巡ってきたという気持ちだった。
 それは、銀行で退屈な仕事をしながらずっと待っていたチャンスだった。
「ところで、エースケ。俺が一度だけお前にテストで負けそうになった時のこと覚えているか?」
「ああ、覚えてるよ。二年の秋だった。お前は、バスケ部の練習で夏休みは、ほぼつぶれていたからな。こっちとしてはお前に勝つチャンスだった」
「そうだったな。俺もほとんど準備してなかったから、負けるかもしれないと思っていたよ」
「でも、お前は僕に勝った」
「ははは、もう時効だから正直に言うけど、あの時、純粋な実力だったら、お前の勝ちだったよ」
「ん? どういうことだ? ……カンニングか?」
「ははは。そういうことさ。要領の良さは昔からさ」
 それを聞いても僕は不思議と腹はたたなかった。むしろ、そんなパートナーに対して、僕にはない逞しさを感じて頼もしく感じた。
 僕の心は半分決まっていた。
(毎週金曜、14時更新)

泉 正人

ファイナンシャルアカデミーグループ代表、一般社団法人金融学習協会理事長

日本初の商標登録サイトを立ち上げた後、自らの経験から金融経済教育の必要性を感じ、2002年にファイナンシャルアカデミーを創立、代表に就任。身近な生活のお金から、会計、経済、資産運用に至るまで、独自の体系的なカリキュラムを構築。東京・大阪・ニューヨークの3つの学校運営を行い、「お金の教養」を伝えることを通じ、より多くの人に真に豊かでゆとりのある人生を送ってもらうための金融経済教育の定着をめざしている。『お金の教養』(大和書房)、『仕組み仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、著書は30冊累計130万部を超え、韓国、台湾、中国で翻訳版も発売されている。一般社団法人金融学習協会理事長。

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