2017年12月20日 更新

〈岸田周三〉静かなる情熱で次なるSTAGEの扉を開ける、若きフレンチのカリスマ

「お金とは、食材のようなもの。(岸田周三)」

■弱冠33歳でのミシュラン三ツ星獲得

現在の「カンテサンス」は、「アストランス」の影響を色濃く受けている。プロデュイ(素材)、キュイソン(火の入れ方)、アセゾネ(味付け)の徹底的な追求。低温長時間ローストという独特の火入れ法。これらは日本の食通たちに新鮮な驚きを持って迎え入れられた。帰国後、2006年5月に白金台で「カンテサンス」をオープンしたとき、岸田の生み出す料理はフレンチの新たな潮流として多くのメディアから注目された。

そして運命の2007年11月。「カンテサンス」はミシュラン三ツ星を獲得する。このとき、岸田は弱冠33歳。若きフレンチのカリスマが華々しく誕生した瞬間だった。

■たくさんのスターシェフが生まれては消えていく

あれから8年。「カンテサンス」は毎年ミシュランで三ツ星を獲得し続けている。これはレストラン業界においては奇跡ともいえる出来事だ。

業界の流行り廃りのスピードはめまぐるしい。予約がとれないことで話題の店でも、数年経てばふらりと訪問しても入店できるのが当たり前だったりする。ミシュランやメディアの力によって、たくさんのスターシェフが生まれては消えていく。

「アスリートだったら年齢とともに身体的な能力が低下するのはやむを得ないと思うんです。でも、料理の世界はそういうのがないはずじゃないですか。継続することで技術はむしろ向上するはずなのに、なんでそういうことが起こるんだろう、と」。ミシュランで星を獲得し続ける中、岸田はこうした疑問を抱くようになる。

いったんは成功を収めたレストランがなぜ失敗して消えていくのか。岸田は気がついた。「ある程度人気が出て予約が取れないとなると、2店舗目を出す人はたくさんいる。他にも、例えばお店を拡張したりとか、価格帯を変えたりとか。シェフの技術は高くても、そうした大きな転機を境にうまくいかなくなることが多いのではって。」。
「お客さんが来て当たり前、という感覚を持つこと。僕にはそれがちょっと怖い」と岸田は言う。「こんなに頑張っているのになんでお客様が来ないんだろう、って悩みながら働いた経験が、僕にとってはすごく大きな財産になっているんです。今でも、ある日急にお客様が来なくなるんじゃないかという恐ろしさが常にある。だから、ここで僕がもうちょっとお金儲けをしようとか、2店舗目を作ろうとか、規模を大きくしようとかってやると、多分僕も同じ失敗をする。このことを、先輩たちの経験から学ばせていただいたんです」と岸田は神妙な面持ちで語る。

別に拡張することが悪いわけではない。でも、今の本業をおろそかにしてまでしてやるべきことではない。冷静沈着で奢らないメンタリティー。これが岸田がスターシェフで居続けられる理由なのかもしれない。

■夢が具体的であれば、足りないものも見えてくる

奢らないメンタリティーは、経営者としての顔にも表れている。「あくまでもまずは職人としてのベースになるスキルをがむしゃらに磨く必要がある」そう前置きしたうえで、「ただ、料理の腕があればなんとかなるというのも危険すぎる」と示唆する。

「独立したい、自分のレストランを持ちたいという夢があるんだったら、当然、そこに対して必要なものが具体的になってくると思うんですよね。夢が具体的であればあるほど、足りないものも具体的になってくる。経営者としての能力、お金の知識。多くの場合、こうしたものが自分にないものとしてあるはずなんです」。

事実、白金台から御殿山へ移転をし、自らが理想とするレストランを実現する決心をした背景にも、経営者としてのお金の知識と判断があった。「キッチンの設備は大体5年で壊れ始めると言われているんです。特に繁盛店は老朽化が早く進む。2011年にオーナーになったとき、毎日、冷蔵庫だったりオーブンだったり何かしらをメンテナンスしなければならない状況で、そのコストもばかにならなかった。僕はいったいあと何年レストランをやるんだろう、と考えたら、途中で1回は何千万円というお金をかけてリノベーションをしなければならない。それなら、いっそ移転をして新品でスタートするのもありかな、と」。そんなふうに考えていたところに、御殿山の物件の話が舞い込んだ。

常連客にとってはおなじみの、御影石で作られたショープレート。 「Quintessence」の刻印が重厚感を醸し出している。
もちろん、お金だけが理由ではない。「1回しかない自分の料理人人生の中で、一度全力で勝負できるステージでやってみたいなっていう夢もありました」。

全力で勝負できる、自分にとって理想のレストラン。それを実現するために岸田が一番注力したのはキッチンだ。移転後、レストランの面積は白金台時代の約1.6倍に広がったが、席数は以前と同じ30席。増床部分の多くをキッチンが占めている。「料理人にとって、料理を生み出すキッチンこそが“職場”。朝から夜まで長時間篭もる場所だからこそ、徹底的にこだわりたかった」。これもまた、職人として料理と真摯に向き合おうとする岸田の流儀だ。

「お金は食材のようなもの」と岸田は言う。どんなに素晴らしい食材であっても、火入れの方法やお客様に提供するタイミングが間違っていたら、本来の魅力は引き出せない。食材の魅力を引き出せるかは、それを扱う人の腕にかかっているからだ。

■どれだけの人が、帰り際に「次の予約をしたい」と言ってくれるか

キッチンこそが“職場”と断言するだけあって、岸田が接客のためにダイニングルームに滞在することはほとんどない。撮影のためにダイニングルームに足を運んでもらうと、「滅多に来ない場所だから、なんだか落ち着かない」と心許なげだ。なぜ普段、ダイニングルームに足を運ばないのかを問うと、「自分がお客様だったら、料理を放っておいて大丈夫なのか、と気になって仕方がないから」だと言う。言われてみればもっともである。

しかし、お客様が帰るときだけは例外だ。岸田は必ずエントランスまで見送りに出向く。
「今日のコースの中でこれが一番よかったっていう話とかを聞くんですけどね。自分の感覚ともすごく似ていて、やっぱりお客様はすごくわかっているんだなと毎回、実感しています」。

そして、見送りの際にもっとも気にしているのは、「次の予約をして帰るお客様がどれだけいるか」だという。「やはり日本人でストレートに自分の意見を言う人はあまりいない。内心はどうであれ、とりあえず、美味しかったよ、また来ます、と言ってはもらえます。でも、帰り道に何を話しているのか、本当のところはわからない。日々いろんなメディアで評価していただいて、お客様もここに来れば最高の料理が食べられるんでしょ、と期待値が上がっている。その期待以上のパフォーマンスがあって初めて感動がある。だから、次の予約を取りたいと言ってもらえたら、それが本当の自分への評価だと僕は思っているんです」。岸田は今日も、自分への評価をありのまま受け止めるために、帰り際のお客様をエントランスで待ち受ける。
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