日本伝統の井戸掘り技術「上総掘り」がアフリカの水問題を救う

経済

国連も問題視する途上国の「水」問題の解決は「井戸」の建設に託されています。日本の伝統の井戸掘り技術「上総掘り」は、機械を使わないので途上国向き。アジアで、アフリカで、上総掘りで掘った井戸が現地の人たちの生活や社会を変えようとしています。

2019.8.22

「水」の問題は女性問題、教育問題でもある

日本のような先進国では上水道設備がほぼ完備しているので、その国民は「水」は水道栓をひねればいくらでも飲める、使えると思っていますが、途上国の多くの地域はそうではありません。
国連で2015年に採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」では、17の目標の6番目に「すべての人々に水と衛生へのアクセスを確保する」という項目が盛り込まれています。
国連は「世界人口の10人に3人は安全に管理された飲料水サービスを利用できない」「10人に6人は安全に管理された衛生施設を利用できない」「世界人口の40%以上は水不足の影響を受け、この割合は今後、さらに上昇すると予測される」と述べています。そこには温暖化・気候変動による砂漠化の進行や水源の汚染、21世紀後半もアフリカを中心に増え続ける世界人口に水資源が追いつかないという問題が横たわっています。
国連はまた「敷地内で水が得られない世帯の80%では女性と女児が水汲みの責任を担っている」とも述べています。水の問題は「女性の問題」でもあるのです。また、遠くまで水を汲みに行かされるために子どもが学校に行けず教育の機会が奪われたら、水の問題は「教育問題」でもあり、教育が十分に受けられなければ、国連開発計画(UNDP)が先進国と途上国の経済格差を是正しようと推進している「人間開発」も妨げられてしまいます。

「井戸の掘削」で日本が持つ高い技術力とは

途上国の水の問題の解決策は、先進国のようにダムや貯水池、浄水場をつくって上水道の配管を敷設するよりも、「村々に井戸を掘ること」を優先させるべきだ、とされています。
上水道設備よりも井戸を掘るほうが費用は格段に安くすみ、掘った井戸にさらにポンプを設置して簡易水道をつくったとしても、工期はずっと短くてすみます。
地下水は「天然の水道管」なので、地下の塩分が多い地帯でなければ、汚れが流れ込む川や湖の水よりも衛生的です。乳幼児死亡率、医療費負担を高めるような感染症の蔓延を防げます。水汲みに行って危険な野生動物やアウトローの人間に出会わないという点でも安全です。遠くまで水汲みに行かなくてもよくなれば女性の家事の負担は軽くなり、水汲みのために学校に行けない子どもが減れば「人間開発」にもプラスです。そのように途上国の生活、社会を改善する効果は小さくないので、「井戸は人類を救う」と言っても、決して大げさではありません。
その井戸の掘削で、日本には「上総掘り」という優れた伝統技術があります。江戸時代に上総国、現在の千葉県袖ヶ浦市、君津市周辺で開発されて全国にひろまった掘削工法で、地面に木のやぐらを組んで大きな車輪を設置し、その中に入った人がねずみ車のように足で踏んで車輪を回転させると、車輪についた弾力のある割り竹と鉄管が次々と地面に突き刺さって穴を掘り進んでいきます。掘削機械がなくても人力だけで深さ300メートルの掘削も可能で、明治時代には熱海や別府の温泉開発や秋田県での原油採掘でも利用されました。昭和になると機械掘りに取って代わられましたが、技術自体は2006年、国から重要無形民俗文化財の指定を受けました。
上総掘りはボーリングの機械もその燃料も必要とせず、木材、竹、鉄管の組み立て、3~4人程度の村人の協力だけで1ヵ月足らずで井戸ができあがるので、途上国での井戸掘りに向いています。村人は「我々の力で掘った井戸だ」という実感が持てるでしょう。

フィリピンで、インドネシアで、ケニアで

1981年、上総掘り発祥の地の袖ヶ浦市で結成されたNPO法人「上総掘りをつたえる会」は、フィリピン・バタンガス州の学校に井戸掘り職人2名を派遣し、現地の人と一緒に井戸を掘りました。それを皮切りに30年以上にわたってフィリピン、インドネシアで井戸掘りの施工を手がけ、日本河川協会の「日本水大賞」をこれまで2度、受賞しています。
NPO法人インターナショナル・ウォーター・プロジェクト(IWP)は上総掘り技術をアフリカ向けにアレンジし、2005年からケニアで井戸の開発と上総掘り技術指導者の育成を行っています。これにはJICA(独立行政法人国際協力機構)が資金援助を行っています。明治時代に創業した甲田工業所(京都市)は上総掘りのエンジニアリング技術を持つ民間企業で、カンボジアで活躍しました。
このように日本の伝統的な井戸掘り技術が、村に井戸をつくることで途上国の水問題の解決に役立っています。井戸が村の生活を変えたことで、日本への感謝の念はそこで代々、伝えられていくことでしょう。
寺尾淳(Jun Terao)

寺尾淳(Jun Terao)

本名同じ。経済ジャーナリスト。1959年7月1日生まれ。同志社大学法学部卒。「週刊現代」「NEXT」「FORBES日本版」等の記者を経て、現在は「ビジネス+IT」(SBクリエイティブ)などネットメディアを中心に経済・経営、株式投資等に関する執筆活動を続けている。
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