〈漆紫穂子〉大人のお金の教養人生を能動的に作ることのできる女性の育て方

インタビュー

品川女子学院校長として教育者、経営者の一人二役をこなす漆紫穂子さん。ライフデザインをトータルに描くことでしっかりと将来のビジョンを持って行動できる生徒を育てるため、企業とのコラボレーションによる新商品開発や起業体験プログラムなどを通じ社会とのつながりを伝えるユニークな教育を実践しています。今回は漆さんに、教育から学校経営、そして子どもたちのお金に対する考え方の変化などについてお聞きしました。

生徒に伝える、学校での勉強と社会とのつながり

神原
漆さんが品川女子学院の校長になられて7年。7年というと、高校生だった生徒さんは社会人に、中学生だったお子さんも卒業されています。この7年の間の間にあった変化についてお聞かせいただけますか。


本校の場合、進学希望を見ていると、理系だけでなく、ビジネスを視野に入れて、商学部や経済学部、経営学部といった文系の学部への志望も増えていると感じます。
実際に商学部を選んだ生徒に聞いてみると、「ビジネスとしてマーケティングを勉強してみたい」という子もいます。数学でトップクラスの子が文系を選択することもあります。将来の進路を考えたときに、ビジネス分野で会計士などの資格も持ちながら働いてみたいというビジョンを持つと、志望先は経済学部や商学部といった文系になり、得意な数学は受験に活用するという選択をしているようです。

神原
多くの生徒さんが、自分が社会へ出たときのイメージを具体的に持っているという印象を受けますね。


本校では、学校での勉強と社会とのつながりを生徒に伝えているのですが、これは藤原和博さんの「よのなか科」を導入したのがきっかけでした。もともと本校は大正時代に「手に職をつけて、働く女性を育てる」というところからスタートしています。
子供達に社会というものを伝えていくと、今度はそこにある仕事を意識するようになります。そうなるとまず、自分を見つめるという作業と、社会を見つめるという作業の両方をやるようになります。

先日、PTAが「お母さんは小さい頃、何になりたかったか」というアンケートをとったのですが、これに対して「先生」「スチュワーデス」などが多く見られました。なぜ同じになるかというと、お母さん方は当時、いろいろな選択肢があることを知らなかったからだと思うのですね。 子供達には、社会にはいろいろな職種や学問があるのだと伝えていくことで、自分の個性と、社会の中にある仕事が結びつき、自分と社会の間にある大学選択にもバラエティが出てくるようになります。
その結果本校の特徴として、学部・学科選択が非常に多岐に渡っています。

女性としてぶつかる問題をトータルで、ライフデザインを描いて考える

神原
28歳になったときに社会で活躍している自分を逆算で考える「28プロジェクト」について、教えていただけますか?


28歳というのは、第一子の出産を考える頃でもあり、仕事のキャリアも軌道に乗る頃で、ちょうどそれらがぶつかる時期です。では、それをどの時点で考え始めたら良いのかというと、高校1~2年生の時にする文系・理系選択の段階が起点になります。そして、一旦文理選択をすると、そこからの再選択は難しいのが現状です。
仕事で出産時期を先送りすると年齢が上がってリスクが高くなるというのが、女性の人生の現実です。そのようなことを早めに伝えたいし、子宮頸がんなどの女性の身体に起きる様々なリスクも合わせて伝えていった上で、ライフデザインを考えていく必要があると思っています。

神原
ライフデザインを考えたときに、結婚、出産、育児と同じ時期に親の介護の問題が出てきたり、お金の話と自分の体力、年齢の話などが重なってくることも考えられます。計画を立てるということが改めて大事だと思います。


本当にそうですね。自分のライフデザインもそうですし、そこに子供とか介護といった自分以外の問題も関わってきます。
子供の反抗期というのは、自分の更年期と同じ時期になることが多いですから、そのようなところまで考えておかないといけないと思います。
本校はそのようなライフデザイン教育をやっているので、逆に親御さんが影響される場合もあります。ある親御さんが「子供が通っている学校の影響を受けて、自分も再就職して自立したい」という方を採用したところ、本校の生徒の親御さんだったそうです。

神原
それはすてきです。子供を育てることで親も新しい気付きがあるということですね。この「28プロジェクト」で育った人達がお母さんになったときは非常に心強いように思えます。


それが一つ、問題があるんですよ。ある日、本校を卒業した大学生が「先生、28プロジェクト、まずいです」と言うのです。なぜかと聞いてみると、「私は今、とっても仕事がしたくて仕方がない。友達もたくさんいて、ボランティア活動もしているし、充実していて彼氏はいりません。」と言うのです。

神原
そうなるともう、彼女のお眼鏡に適う男性がいないということですね。
晩婚化の原因は男にあり、ですね。漆さん、やはり今度は男子校で男子教育をした方が良いのではないでしょうか(笑)。

企業人事からも注目される“品女”卒業生。


ある時、国内大手化粧品メーカーの人事部長から「教育方針を教えて欲しい」と電話がかかってきたんです。理由は、2、3年連続して“光る子”が入ってきたので学歴をチェックしたら、出身高校が「品川女子学院」だったからということで。
本校出身の子は特長があると言われます。面接の一番を予約したり、内定の連絡をすると「人事採用のお仕事、この時期とても大変だと思いますが、頑張ってください。」と言った子もいたり(笑)。就職してからも「月曜日が一番好き」とか。
中高一貫で人間形成が出来る、中高での過ごし方は、本当に大事だと思います。

本校には大学はありません。しかし、卒業後のケアもきちんとするというのが私立中高の責任だと思っています。現在も、卒業した大学生を対象に、社会人になった卒業生や、大学や企業の人事部の方に来ていただき就職活動についてお話してもらっています。
ある卒業生が仕事選びの話で、「みんながいいと言う会社や、今、優良企業と思われている業界に行っても、世の中何が起こるか分からない。だから中高時代まで遡って、自分が本当は何が好きなのかということを考えていくと、自分の軸が分かるから、そうやって仕事を決めると幸せです。」という話をしていました。

神原
人気企業や新聞やテレビで話題になっている企業といった短期的なことではなく、きちんと自分軸を考えて選択するということですね。卒業生がこれをアドバイスするというのは素晴らしいことです。


彼女は自己分析をして、自分は何が好きかなと考えたときに、ぱっと浮かんだのが「お金」だったそうです。「私はお金が好きなんだ」と自分軸を確認して金融関係の会社を受け、保険の資産運用でポートフォリオを組む仕事に就いているようなのですが、お客様の資産を増やすことが楽しくて仕方がないらしいのです。増やすと喜んでもらえますから。その「ありがとう」が自分の生き甲斐だと言っていました。

チーム活動を通じて、答えのない中での最適解を求めていくやり方

神原
授業や企業とのコラボ学習などで、必ずしも正解のない問題にぶつかることもあると思います。そのときそれぞれに様々な意見がある中で、生徒たちがどう結論付けていくのか、そのバランス感覚をどのように伝えているのでしょうか。


本校の場合、チーム・集団で何かをさせるという機会が多いのです。チームとなると、メンバー内で温度差があり、意見の違いがあり、それらがぶつかり合いながらやっていく必要があります。
本校では文化祭で起業体験プログラムをやっています。
2、3年前に学校名入り文房具を販売するという企画をあるクラスがしていたのですが、ネットで安く仕入れたら、入金後に倒産して夜逃げされてしまったんです。私も青くなって文房具店を経営している友人にアドバイスをもらうなどしました。最終的に、問屋さんの協力と売り方の工夫で、無事2日間の文化祭の初日で売り切ったんです。
ところが、ほっとしたのもつかの間、また揉めている。「どうしたの?」と聞くと、2日目が機会損失になるから、同じものを仕入れて、似たシールを貼って売りたいと言う社長役の子と、せっかく赤字の危機を乗り越えたのに、またそういう心配するのは嫌だと言う子が対立している。私にどうしたら良いかと聞くので「答えはない。ただし一点だけ。言いたいことは全部言っておきなさい。」と言いました。
そうしたら、「文化祭はお客様に楽しんでもらうためのものだから、自分達の利益で考えるのは失礼だ。だから2日目はゲームとか、違う業態で出そうよ。」と提案した子がいたのです。
そのような様々な出来事や失敗を、チームでああでもないこうでもないと揉めながらやっていくことで、少なくとも絶対的な正解は存在しないということが分かったのではないかと思います。

神原
すごいですね。「先生力」もつきますね。


「先生も大変ですね。」と子供たちからも言われます(笑)。
実際このときは答えがなく、「正解」は本当に分かりませんから、「じゃあ、あとで教えてね。」と言って、その場を去りました(笑)。

神原
教えるというスタンスではなく、機会をたくさん与えるということですね。


はい。中高生は、「自分でやりたい」「親に言われるのが一番嫌」、そういった時期ですね。そのような時期に、いつまでも親の言うことを聞いていると逆に心配なので、いろいろな場を作っていくことです。
そういった場や仕組みの中で、チャレンジする文化や伝統が受け継がれていくのでしょう。口で言っても伝わらないし、消えてしまいますし、仕組み作りが大事だと思います。

手にしたお金を良き方向に用いて、世の中のためになる何かを成し遂げる

神原
文化祭の起業体験プログラムなどで、生徒さんたちにとってお金は非常に身近で、その重要性を正しく認識していると感じます。


お金には綺麗とか汚いといった属性は無くて、あるときには夢をかなえる手段となり、あるときには自分の足をすくうものになります。
日本では、「清貧」という言葉があるように、お金は何となく汚いものという、元々の刷り込みがあると思います。でも実際の社会でお金の教養がなく、自分で稼ぐことも知らずに成長していくと、お金に足をすくわれることもあります。 江戸時代の古典に、「お金の精は、大事にする人のところに寄って来る」というものがあります。また、夏目漱石も『私の個人主義』の中で「権力は義務を伴い、金力は責任を伴う」と書いています。

神原
そもそも、お金がないと生きていけないですよね。そういった“リアルな”お金についての考え方を学習するプログラムもあるのでしょうか?


以前、竹中平蔵さんに2回ほど授業をしていただいたことがあります。
竹中さんが授業で、「朝食に食べるパンからすべて、経済につながっている」という話をされて、子供たちはそれを聞いて自分の生活と経済のつながりを理解したようです。その土台の上で、中等部から証券学習などをさせています。それで新聞を読むようになるとか、世の中の動き、自分の生活が、パンが経済につながっているのと同じように全てつながっているということが良く分かるようになります。
本校では、お金を良き方向に用いて、世の中の人のためになる何かを成し遂げるという勉強を、既に中高生の段階で実践しています。
例えば、本校とサンリオとのコラボで、本校の制服を着たキティちゃんの根付を作って、寄付金を付けて売った結果、約13,500個売れて400万円位お金が集まり、それでカンボジアに学校を設立することが出来ました。
多分、この子達はこういった体験を一度することで、大人になったときに、この得たお金を何のために使うのかということまで考える人間に育っていくのではないかなと思います。

困っていることを見つけてきて解決し、それが喜びになる 企業の基点は全てソーシャルビジネス

神原
女性の就労の問題などについて、国や行政に文句や不平・不満ばかり言うのではなく、自分達で創意工夫しながらライフデザインを考えて、国に条件をその中に入れ込んでしまえば、もっと建設的に発言や行動ができますね。


本校は曾祖母が創設したのですが、女性の参政権が無い時代に女子校として設立しています。
人に文句を言うのではなく、手に職を持ち、チームを作って能動的に行動しようというところから学校が発展しています。
今、これをさらに発展させたいと思って現在進行形で進めているのが、ソーシャルビジネス教育です。
去年、ムハマド・ユヌス(ノーベル平和賞受賞、グラミン銀行創設者)さんに学校で講演をしてもらい、こういう生き方があるんだと、私も子どもたちも大きなインパクトを受けました。
それで本校では今年から、企業コラボにプラスして「ソーシャルビジネスのケース・スタディを入れています。前半にデザインの授業をやって、世の中にある不便なことを見つけてきて、それを解決するようなデザインや企画を立てます。後半に、ソーシャルビジネスのケース・スタディをし、最後に、企業とのコラボレーションで、その考え方をビジネスに生かしていくという流れです。
それで企業もそもそもは皆、ソーシャルビジネスだったということに改めて気づいたのです。

神原
不便を良くしようとか、困っていることを見つけてきて、それを解決することから、ビジネスが生まれる。


そうですね。子供たちには企業で働くにしても、起業するにしても、最初は「みんなのため」というところからのスタートで、それが喜びになるということを教えてあげたいなと思っています。人が幸せになるのを見て幸せになる人は、一生幸せですよね。そういう種を蒔いておいてあげたいと思うのです。

在校生に対する教育と、卒業生のため母校を守るという二つの軸

神原
漆さんは教育者であると同時に経営者でもあります。学校を継ぐとき、大変な状況だったと思うのですが、経営者としてのお考えをお聞かせいただけますか?


校長の位置付けを考えてみると、イギリスでは、校長は経営者です。教員とは別の教育を受けて、学校経営者としてその地位にいます。日本の学校は、校長も教員の勉強をして、教員として昇って行って校長になる方式です。
教員が校長になって、ある日突然経営者になるという感じですね。理事長=校長というところですと、教員と経営を両方やる必要が出て来ます。アメリカでは株式会社立の学校もありますが、そのようないろいろな波が、グローバル社会の中で入ってくると思います。企業買収のニュースなどを見る度に、あのようなことが学校に起こる時代もあるのではと思ってしまいます。
今後、私立学校が少子化の中でやっていくためには、お互い助け合っていかないといけないのではないかと思っています。

神原
少子化の中で教育の質をキープしようと思うと、積極的に様々なことをやっていかないといけないかもしれませんね。


私は、私学経営を二軸で考えています。
在校生達が大人になったときに社会に貢献するようにという、これが教育軸で一つ目の軸です。
次に87年前に建てた学校ですから、現在卒業生が2万人以上います。学校はこの2万人の卒業生の第二の実家と思っていて、その母校を守りたいというのが2つめの軸です。
この2つの軸をきちんと考えて運営していくことが経営だと思っています。この2つが成り立って私立学校は存続の意義があると思っていますが、後者は意外と忘れ去られがちです。

神原
卒業生が、母校で過ごした時代が良かったことをPRしてくれることで、次の世代の子が入って来るということにもつながりますね。


はい。特に本校のような一貫校ですと、振り返ったときに母校というとどうしても中高が浮かびます。長い旅行に行こうと思うときも、この時代の友達とになります。
人格形成期に一緒に過ごすということで、一生の友達もできるし、逆境にもぶれない自分軸がここで育ちます。
90歳代の卒業生の方が私にいつもおっしゃって下さいます。「もう90にもなると、周囲に殆ど同年代がいない。戦争も経験して実家も焼けて、自分には故郷がない。だけど母校がある。死ぬまで、這ってでも来るから、いつまでも守って欲しい。」と。
そのような、いつまでも続く実家のような存在でありたいなと思っていて、そのために経営というのは大切だと思いますね。

神原
漆先生ご自身は、リタイアについてどのようにお考えですか?


私が多くの経営者にお会いしてきて、「これは気をつけないといけないな」と思っているのは、組織のために良かれと思って引退を伸ばして、リタイアするタイミングを逃してしまうという点です。
個人と組織、曲線が2つあって、個人の能力が衰えてくる地点よりも、組織はもう少し先まで伸びるように感じます。そこを勘違いしてしまって、リタイアするタイミングを逃す人が多いのではないかなと感じています。
今まで私は学校運営に関する様々な決断を早め早めにやってきまして、その決断のタイミングは振り返ると「あと2年できる」と皆が言う時点でした。ですから、あと2年くらいできるというところで止めるのが、一番よいのではないかと思っています。
かつて、私は校長がやっていることを副校長として横で見ていたのですが、いざ自分が校長になってみたら、大変なストレスでした。
トップと次位の間は非常に離れています。
ですから、やっていることを見せるよりも早く代わって、自分は見ているという方がよいと思っています。

神原
自分のピークを把握して、早めに後任に任せて後ろから見るということですね。


はい。卒業して社会人となった女性のサポートなど、交代後は外側から力になりたいと考えています。

神原
本日は学校教育のこと、経営のこと、お金のこと、そして漆さんご自身のことについて大変有用なお話をお伺いできました。社会の中で活躍する品川女子学院の卒業生とどこかで会えることを楽しみにしています。ありがとうございました。

(本記事は、2012年10月10日にファイナンシャルマガジンに掲載されたものを再掲載しています)

漆紫穂子さん

品川女子学院校長

品川女子学院校長。都立日比谷高校、中央大学文学部卒業、早稲田大学国語国文学専攻科修了。都内私立中高一貫校の国語教師を経て、品川女子学院へ。2006年から現職。「28プロジェクト~28歳になったときに社会で活躍する女性の育成」を教育の柱に、社会と生徒を直接結ぶ教育により、従来の役割を超えた学校作りを実践している。趣味はトライアスロン。2012年国際トライアスロン連合(ITU)世界選手権スペイン年齢別部門16位 著書 『女の子が幸せになる子育て』(かんき出版) 『女の子が幸せになる授業』(小学館) 品川女子学院のウェブサイトで「校長日記」をほぼ毎日更新 http://diary.shinagawajoshigakuin.jp/fromPrincipal/

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