「厳しいようだが、約束は約束だ」第15章[第30話]

元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。”ファイナンシャルアカデミー代表”泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。

2018.2.2
「……………。 」
「お前は、 俺だったらきっと相談に乗ってくれるに違いないと思ってきているだろうが、俺がまったくの赤の他人だったら、きっと違う選択をしたはずだ。むしろ、こんなことになったから、まず交渉相手として俺を選んだ。俺が相手なら交渉に応じてくれるはずと思ってここに来ている。違うか?」
「たしかにそうだが、米角のビンチはお前にとってもまずいことだろう」
「いや、事業に失敗はつきものだから、特別まずいわけじゃない」
「え?それはどういうわけだ」
「言った通りだよ。事業に失敗はつきものだ。そこからどう復活するかが経営者の腕の見せ所じゃないか」
「他人事みたいに言うなよ。元手はもう回収したから赤の他人か?もともとはお前から誘われて始めた商売なんだぞ」
「他人事みたいに言ってるのはそっちだろう。お前にとっては支出を抑えるつもりでも、俺にとっては収入が減ることになる。それとも俺はマネージメントに関わることを何もしていないから、減らしても当然と思っているのか?」
「いや、そういうわけでは………」
「なら、最後まで約束を守れ。俺がおにぎり屋をやろうとお前を誘ったのは事実だ。しかし、それ以降のことはお前が決断してやったことだ。厳しいようだが、約束は約束だ。それなら、コンビニとのコラボを今からやってみるのはどうだ?ここから逆転できるかもしれないぞ。まあ、そんなしょげた顔すんなよ」
「わかった。あの担当者はお前とつながりがあったんだったな。話をもう一度通してもらえるか?」
「お安い御用だ」
 大谷との交渉は不調に終わり、かわりにコンビニとのコラボをもう一度チャレンジすることになりました。コンビニとのコラボが決まれば、大谷が言うように逆転できるかもしれない。契約金とロイヤリティが入れば、キャッシュフローもよくなるはずだ。そして、実店舗での売り上げがすこしでも上がれば御の字だと考えました。しかし、コンビニの担当者は前回とはうって変わって、条件面で前よりも下の条件を提示してきました。やはり人気のかげりを嗅ぎ取っていたのでしょう。
 コンビニとの契約金は一〇〇万円。売り上げの一%がロイヤリティとして入ってくるのは一緒だが、契約期間、つまり商品陳列期間は前よりも少なくなって二カ月間のみ。そして、その交渉の場でクリームおにぎりを二〇〇円で販売したいと言ってきました。
 これには、葉山が大反対しました。葉山は自分がこのクリームおにぎりを作ったという誇りがあったのでしょう。それが一〇〇万円で奪われたような形になってガマンできなかったのだと思います。
「社長がそう判断されたのなら、仕方がないですが、私にとっては自分の作ったクリームおにぎりは自分の子供のようなものです。そして、その分の報酬は十分すぎるほどいただきました。ですが、その自分の子供といえるクリームおにぎりのレシピをこんな額で売り渡すのは正直納得しかねます」
「ああ、その気持ちはよくわかる。でも、これはクリームおにぎりの認知度をあげるためなんだ。わかってくれ」
「認知度が上がったとしても売り上げとして返ってくるかはわかりませんよ」
 これは、葉山の言った通りでした。
 コンビニとコラボすることでクリームおにぎりの認知度は上がったと思います。しかし、同じ味のおにぎりが一〇〇円も安い値段でコンビニで売られていたら、どうして僕らのお店で買う理由があるでしょうか?
 コンビニとコラボしている期間中、クリームおにぎりの売り上げはガタ落ちでし た。特にT町の米角では、一日の売り上げが七個という日もありました。コンビニでは、”あの話題のクリームおにぎりがついに発売!”とド派手なPOPをつけて宣伝してくれていましたが、商品の新鮮さはすでになくなっていたのでしょう。売り上げもそれほど上がらず、しかも、全国発売ではなく、地域限定商品のひとつだったので、ロイヤリティも微々たるものでした。
 実際、これがトドメになりました。
(毎週金曜、7時更新)
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