「僕としては、こうなるきっかけをずっと求めていた」第10章[第18話]

元銀行員の男が起業をして、一時は成功の夢をつかみかけたが失敗する。男はなぜ自分が失敗したのか、その理由を、ジョーカーと名乗る怪しげな老人から教わっていく。”ファイナンシャルアカデミー代表”泉正人が贈る、お金と人間の再生の物語。

2017.10.27
 僕にとって、今まで老人から聞いた話は心に響くものばかりだった。特に借金については、見方を変えられた気がする 。僕のこれからの話を聞いたら、老人は笑ってしまうかもしれない。だけど、僕はこの老人には正直にすべてを話そうと決めた。
「僕と大谷は五〇〇万円ずつを出し合い、これから先の計画のステップを決めました。

1ヵ月〜3ヵ月 業界研究

4ヵ月~7ヵ月 具体的な立地条件を決め、開店準備を整えること

8ヵ月〜11ヵ月 仕入れ先の選定やスタッフの雇用

12ヵ月後 開店オープン

 まだ、何も始まってませんが、計画だけは先行して立てたのです。計画を立てなければ、現実化もおぼつかないし、何よりも銀行をやめて、独立することを妻に説得するには、しっかりとしたビジョンを示さなければいけないと思いました。五〇〇万円は、ギリギリ僕ひとりで何とか用意できる額でした。
 一番最初に僕らが手をつけたのは、業界研究です。
 もともと、僕が勤めている銀行の支店には、飲食業の顧客は少なかったのですが、わりと大きな飲食チェーンがふたつありました。その顧客データをくまなくチェックすると、あることがわかりました。
 飲食は、チェーンであっても店によって売り上げに大きく差が出ます。
 工業製品のように正確な売り上げ予測は立てづらいですが、立地や業態、扱うメニューの組み合わせによって、ある程度、予測が立てられることがわかりました。たとえば、Aという立地は家賃が高いけど、人通りが多いからその売り上げで十分家賃分はカバーできる。またBという立地だと、住宅街で家賃も安いけど、単価が低いメニューばかりだと利益がでない、などです。細かく挙げればキリがありませんが、様々なパターンがあることがわかりました。
 おにぎり屋の商売のポイントはふたつありました。

・テイクアウト型

・小さな販売スペースでも開業可能

 飲食業はテイクアウト型かサービス提供型に分かれます。テイクアウト型は陳列ケースと対面販売できるスペースさえあれば、やっていけます。つまり人件費も家賃もおさえられる。サービス提供型は、店内で飲食をしてもらうための給仕を伴ったサービスです。これは、大きなスペースを必要とし、さらには、初期投資がずいぶんとかかります。
 ここまで考えておにぎり屋を提案していたのかわかりませんが、大谷の考えていたビジネスモデルは最小の開店資金でできる点で理にかなったものでした。
 その頃、僕と大谷は毎日のように顔を合わせるようになりました。
「この準備期間が僕らの未来を決める!」
 大谷は自分以上に熱心に業界研究にいそしむ僕の姿を見て、ほくそ笑んでいたのかもしれません。自分の人を見る目に間違いはない、と僕をことあるごとに褒めていました。ただ、僕としては、こうなるきっかけをずっと求めていたから、大谷に利用されているとは感じませんでした。
 むしろ、僕はついていると思っていました。あいつみたいな世慣れたやつと一緒に起業ができると思うと、成功に対するビジョンの色の濃さが違います。まだ一個ずつピースを集めている段階でしたが、その確信めいた思いはだんだんと強くなっていきました。
 問題は、やはり家族のことでした。妻になんと話したら、よいだろうか?
 僕が銀行を辞めると伝えたとき、妻はもちろん猛反対しました。身体の弱い子どもを抱えて、何を考えているのか? 銀行を辞めないで欲しいというのが妻の言い分でした。でも、そこから何力月もかけて、じっくりと説得しました。
 しかし、結局のところ、妻は最後まで納得しなかったように思います。最後は、僕に根気負けしたようです。だけど、絶対、自己資金はその五〇〇万円以上は使わないことを約束させられました。五〇〇万円は僕名義の口座に入っているお金のすべてでしたから。それは当たり前だと言ったら、彼女は少しは安心したようです。
 誤解がないように言っておきますが、妻と娘の存在は、僕にとって支えでした。彼女たちを今よりも楽をさせたいから、僕は一歩踏み出そうと考えていたんです。娘は先天的に内臓に異常がありました。だから、せっかく入った小学校も休みがちで、入院もたまにしていたのです。そういう事情があったから、妻は普通以上に心配していたかもしれません。娘を心配する気持ちは僕も同じでした。だから、私たち親に、もしものことがあっても、娘の愛子が困らないだけのお金を稼いで残したいと真剣に考えていました。その気持ちは今も変わりません。
(毎週金曜、7時更新)
]]>