なぜ、世界のビジネスエリートは「禅(Zen)」に知的な関心を寄せるのか?

「禅」に強い関心を持つ世界のビジネスリーダーは少なくありません。世界中で多くの人が座禅を組み瞑想をしています。なぜなのでしょうか? 鈴木大拙という優れた紹介者の存在、60年代のヒッピー、昨今のマインドフルネスの隆盛などがからみあっています。

2019.11.17

関心があるのは「禅」で、仏教ではない?

アップル創業者のスティーブ・ジョブズ、ツイッター創業者のエヴァン・ウィリアムズ、世界最大級のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツCEOのレイ・ダリオ……彼ら世界のビジネスリーダーは日本の「禅(Zen)」に強い関心を持ち、「座禅」「瞑想(メディテーション)」を行っていました。グーグルやナイキやゴールドマンサックスでは、社員の「メンタルサポート」の一環として座禅や瞑想を奨励しています。
ニューヨーク、ロンドン、パリなど欧米の大都市には座禅や瞑想の指導を受けられ、実践できるセンターがあり、日本から来た禅宗のお坊さんが教えていることもあります。禅の愛好者には弁護士や医師、会計士、大学教授など知的な職業につく人が多いといいます。
そのため、日本人が海外に行けば、ビジネスエリートや知的な職業の人から「禅」について質問される機会がありそうです。とはいえたいていの日本人は禅宗についての知識を高校の日本史で学ぶ程度です。答えられなくても、禅が難解なのを知っている彼らは「日本人なのに知らないのか」とは思いませんが、禅についてある程度の初歩的な知識があったら、彼らとの関係をより深めることができるかもしれません。
ただ、大事なことは、欧米で禅に関心を持つ人は必ずしも仏教に関心があるわけではない、ということです。たいていの日本人は禅宗は仏教の一派だと理解していますが、彼らは「禅は数ある東洋思想の中の一つ」と、とらえています。
インド哲学や中国の道教の老荘思想(タオイズム)などと同列で、知的好奇心をくすぐられるような対象です。そして座禅や瞑想は、仏教の宗教的な行為から生まれながらもそれを超え、自分の心の内面を探れる「精神のトレーニング」だと思っています。インドのヨガのような宗教を超えたトレーニングなのですから、たとえキリスト教徒であっても抵抗なく座禅を組めるわけです。
日本人は奇妙に思うかもしれませんが、ドイツには参禅会を開いて信徒に座禅を勧めているキリスト教会があります。

禅を世界にひろめたキーパーソン「鈴木大拙」

禅が、欧米を中心に世界に広まるのに多大な貢献を果たした日本人が、鈴木大拙(すずき・だいせつ/1870~1966年)という仏教学者です。キーパーソンとして名前ぐらいは覚えておきましょう。
金沢市の出身で東大哲学科に学び、鎌倉の円覚寺で禅の修行を積みました。アメリカに渡って、禅について英語でわかりやく紹介した本を著すと世界中で広く読まれるようになり、戦後、ニューヨークのコロンビア大学で禅を教えました。
今も、禅に関心を持っている欧米人で鈴木大拙の本を読む人は少なくありませんが、著作が盛んに読まれたのは亡くなって間もない1960年代後半でした。当時、西欧文明に疑問を持ちドロップアウトした「ヒッピー」の人たちが、東洋にルーツがあるカウンターカルチャー(対抗文化)として、インド哲学やタオイズムとともに禅にも大きな関心を持ち、鈴木大拙の英語の著作を読んでは見よう見まねで座禅を組んで瞑想を行いました。
後にアップルを創業するスティーブ・ジョブズ青年も、その中の一人でした。

「マインドフルネス」で見直されている禅

ベトナム戦争やフランスの五月革命や日本の全共闘運動があり、多くの若者が自分の在り方、生き方を模索した「曲がり角の時代」の1960年代、禅は世界で広く受け入れられましたが、ビジネスの世界では2008年に起きた「リーマンショック」がまさに曲がり角でした。成長最優先、効率最優先、勝者総取りの路線が挫折したこの時期に、ビジネスエリートの間では西欧近代とは異なる思想や価値観から次の時代のヒントを得ようと、禅が改めて見直される動きがみられました。 その背景にあったのは「マインドフルネス」の隆盛ぶりです。それは自分の内面を客観的に見つめ直すことで心のコンディションを整えるトレーニングで、とりわけ瞑想を重視しています。しかも、現代のビジネスで重要視されるクリエイティビティ(創造性)を養うのに瞑想が効果的であることが最新の脳科学で科学的に裏付けられました。瞑想のルーツの一つは座禅ですから、禅にも自然と関心が向かうようになりました。 昨今のマインドフルネス、瞑想から座禅に向かう流れの中で、世界で禅をたしなむ人の関心が曹洞宗の開祖道元が説いた座禅の基本理念「只管打座(しかんたざ)」に及ぶことはありそうです。しかし、難解な「禅問答」や禅宗の開祖達磨大師の思想にまでくわしいのは、よほど禅にのめりこんでいる上級者で、少数派でしょう。
ですから日本人としては、たとえ禅の思想そのものには詳しくなく、それを何も語れなくても、一向にかまわないのです。その影響を受けた日本文化の「わび・さび」とか、禅寺の枯山水の庭園、茶室、水墨画などについてその良さが語れたら、それだけでも禅に関心を持つ欧米人に一目置かれるかもしれません。とはいえ一度ぐらいは禅寺で座禅を組んでみるのも、体験を語れるようになるので好都合でしょう。 外国人が禅の思想について深く知りたければ専門家である禅僧と話をすればいいので、ふつうの日本人にそこまでは求めていません。それよりは、日本人と日本の文化について話をしてみたいのです。
寺尾淳(Jun Terao)

寺尾淳(Jun Terao)

本名同じ。経済ジャーナリスト。1959年7月1日生まれ。同志社大学法学部卒。「週刊現代」「NEXT」「FORBES日本版」等の記者を経て、現在は「ビジネス+IT」(SBクリエイティブ)などネットメディアを中心に経済・経営、株式投資等に関する執筆活動を続けている。
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