2020.3.2
2019年、大手オンライン英英辞書に記載された単数形theyの意味合い
無料で使えるオンライン英英辞書として高い信頼性を誇るMerriam-Webster(メリアム・ウェブスター)。見出し語「they」に単数形の用法を書き加え、2019年の「Word of the Year(今年の言葉)」として発表したことが話題になりました。実際にその定義を見てみると、以下のように書いてあります。
- a—used with a singular indefinite pronoun antecedent
- b—used with a singular antecedent to refer to an unknown or unspecified person
- c—used to refer to a single person whose gender is intentionally not revealed
- d—used to refer to a single person whose gender identity is nonbinary (see NONBINARY sense c)
- b—used with a singular antecedent to refer to an unknown or unspecified person
- c—used to refer to a single person whose gender is intentionally not revealed
- d—used to refer to a single person whose gender identity is nonbinary (see NONBINARY sense c)
単数形theyの使用機会は日常的に増加しているようで、実際にMerriam-Websterにおける検索数も1年間で3倍以上になったとか。単数形theyが浸透してきた理由には、ジェンダーやLGBTQの問題が大きく関わっているようです。
単数形theyが登場したのはheとsheで表現できないから
英語の人称代名詞のうち、第3人称の主格(単数)はheとsheとitだけ。itは人間以外の事物を指すのが基本と学校では教えられてきました。
つまり私たちは、英語にはheでもsheでもない人間を指す人称代名詞が存在しないことを受け入れてきたのです。
しかし、現実を見渡してみるとheともsheとも言えないケースは決して少なくありません。性別を限定せずに不特定の人に言及したり(前項aやbの意味)、インターセックスの人に言及したり、身体的性は決まっていても性自認が男女の両方あるいは中性、無性の人に言及したり(前項cやd)するケースです。
性を限定せず不特定の人に言及する表現としては、「he or she」や「he/she」が使われます。また、everyoneやsomeone(anyone)をtheyで受けるという表現もかなり昔からあるようです。
前者のような表現は男女二元論の枠から逃れられないし冗長なため、いちいち男女を気にしなくて済む単数形theyのほうが自然だとTHE WALL STREET JOURNAL.の言語コラムニストであるベン・ジマー氏は述べています。
他方、最近話題となっているのが、LGBTQのようなセクシャルマイノリティの人々のうち、heやsheで性別を決められたくない人々。自分には男性と女性の両方があるという人もいるし、男性でも女性でもないという人もいます。いわゆる「ノンバイナリー」な人々です。
単数形theyを好む人々とは
「私のことはtheyで呼んでほしい」と求める人々には、たとえばイギリスのシンガーソングライターであるサム・スミス氏がいます。
スミス氏は2019年3月、自分がノンバイナリーであることをカミングアウトし、自分にはtheyやthemを使ってほしいと発表しました。モデルのオスロ・グレイス氏も「自分の」という意味でtheirを用いて表現したことで有名です。
2人が用いた単数形のthey・their・themが、「特定の人」を指す代名詞である単数形theyの普及に大きく貢献しました。
英会話のthey isは日本語で「その人(あの人)は…です」
単数形theyの普及が進むと、これを日本語としてどう訳せばよいかという問題が出てきます。「彼」や「彼女」の二者択一ではない、男女二元論の枠組みを出た訳語が単数形theyには必要です。
ヒントとして人間に使う複数形theyの訳語を考えてみましょう。たとえば、「そうした人々」という表現が可能です。これを単数形にして、「その人(あの人)」「その子(あの子)」「そいつ(あいつ)」あたりが、単数形theyには当てはまるかもしれません。すると、「昨日○○さんがA店に行ったら、店員さんがあの子に…って言ったんだって」のような訳になるでしょう。
ただ、日本語の場合は主語や目的語の省略が多く、「○○さん」のように名前と敬称を使って表現するほうが自然な場合が多いのも事実。学校教育ではheやsheのように画一的な訳語を教えたがるかもしれませんが、単数形theyに対してはより柔軟な姿勢が必要でしょう。
言葉の変化は価値観や概念の変化
年をとると「最近の若い人は…」が口癖になります。言葉について言われるなら、敬語や慣用表現の誤用、ら抜き言葉が主なターゲット。しかし、言葉の使い方に「絶対な正しさ」はありません。言葉はその時代における価値観や概念とともに変化するからです。
2019年は、そうした変化が1つ認められた年だといえます。現在、単数形theyは不特定の人やノンバイナリーの人に使われていますが、今後は、ノンバイナリーではないけれどよりニュートラルな表現を好む人に広く使われる言葉になるかもしれません。
【参考】
・they|Merriam-Webster https://www.merriam-webster.com/dictionary/they
・増える単数形の「They」|THE WALL STREET JOURNAL. https://jp.wsj.com/articles/SB12553795185919473670004580581551868398446
・米辞書の今年の言葉、ノンバイナリー示す「they」に決定|BBC NEWS JAPAN https://www.bbc.com/japanese/50754983
・they|Merriam-Webster https://www.merriam-webster.com/dictionary/they
・増える単数形の「They」|THE WALL STREET JOURNAL. https://jp.wsj.com/articles/SB12553795185919473670004580581551868398446
・米辞書の今年の言葉、ノンバイナリー示す「they」に決定|BBC NEWS JAPAN https://www.bbc.com/japanese/50754983