世界一パワフルで影響力のある “鉄のお嬢”メルケル独首相の処世術

経済紙フォーブスが選ぶ「世界で最もパワフルな女性100人」と「世界で最も影響力のある女性100人」で8年連続1位に輝くドイツのメルケル首相とは一体どんな女性なのでしょうか。ドイツ初の女性首相として13年も大国を統治する彼女の強さの秘密を探ってみましょう。

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2018.11.2

鉄のお嬢さん

英国で「鉄の女」と言われたサッチャー元首相は11年間の在任でしたが、ドイツで「鉄のお嬢さん」と異名を持つアンゲラ・メルケル現首相は今年で在任13年と上回っています。両者共に科学者出身・保守系・女性政治家という複数の共通項があり何かと比較されがちですが、どちらも「鉄」のような固い意志と信念が国民を引っ張る力の源のなっているようです。
東ベルリンで牧師である父と教師の母の間に生まれたアンゲラは、小さい時から頭脳明晰で学業は常にトップ、順調に物理学者の道に進みます。23歳の時大学で知り合った男性と学生結婚しますが、「人生の目標が合わない」と一方的に別れを告げ、後に出会った化学者の現夫と1998年に再婚しています。
「若気の至りで結婚」→「合わないから離婚」と、どちらも本能に従う潔い行動力が見られます。
彼女自身が自分について語る「完璧主義」「規則正しさ」「頑固さ」は、牧師である父の影響が強いと本人も認めています。彼女が14歳の時、父に命じられた「共産主義への忠誠を誓う儀式」への参加を拒否しており、「ひとたび意見が対立すると曲げない性格」と自ら分析しています。

転機と機運上昇の到来

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物理学者だったアンゲラに転機が訪れたのは1989年のベルリンの壁崩壊という世界が変わる瞬間でした。東ドイツ市民だったアンゲラが、新しい時代の幕開けに夢と希望を抱き、政治の世界へと足を踏み入れます。
当時のコール首相にその才能を見込まれ1991年に連邦女性・青少年大臣、94年には連邦環境・自然保護・原子力安全大臣を任に任命されるなど、異例の出世を遂げましたが、ぽっと出の新人は野党から「東から来た灰色のネズミ」「コールのお嬢さん」と揶揄されます。
1998年に16年に及ぶコール政権が崩壊すると、その翌年に発覚したコール前首相の不正献金問題に対し公然と批判するなど、彼女の「規則正しい」判断が野党や国民の支持を集めて行きます。当時首相候補と目されていたライバルのショイブレ党首が同じヤミ献金問題で辞任に追いやられ、2000年には党のイメージ刷新を図ってCDU(ドイツキリスト教民主同盟)初の女性党首となりました。
この一連のCDUのスキャンダルが「恩人を裏切り、ライバルを蹴落とす抜け目のない日和見主義者」と批判されることもありますが、メルケル首相が13年間にわたって政権を維持できているのは、彼女の計算し尽くされた「政治的変わり身の速さ」にある、と評価されています。

科学者らしい処世術

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メルケル氏は右派と左派の溝を戦略的に無視することで自らの政治的支配の範囲を拡大し、ライバルの支持さえ獲得してきました。そこには「独善的にならず、社会的変化に柔軟に対処し、国民の意向に沿う」といったより民主的な戦略がプラスの結果をもたらしているのです。
「一歩ずつ着実に」をモットーとするメルケル氏は、右派・左派といった偏向的なイデオロギー論を避け、一度決めた方針も柔軟に変更する戦略が、右派・左派両方のみならずどっちつかず派の有権者から支持を増やしているのです。これは、プロセスより結果を重視して試行錯誤する科学者らしい彼女の処世術と評価されています。

庶民的でシンプル

東ベルリン育ちのメルケル氏は常に監視の目にさらされていた経験から、プライバシーをひっそりと守る傾向があるらしく、研究者の夫もほとんど公には顔を出しません。
首相という立場ながら、スーパーで普通に買い物をしたり、料理が得意だったり、自然の中でアウトドアライフを楽しんだりと、庶民的な姿勢が国民にも好感度抜群なようです。

まとめ

13年という長期政権を維持してきたメルケル氏ですが、今週10月29日、18年間務めたキリスト教民主同盟(CDU)の党首を辞任する意向を表明しました。首相職は2021年の任期まで続けるそうですが指導力がそれまで維持できるか不透明な要素が多く多難な前途が待っていそうです。
近年はギリシャの債務問題、EUの緊縮財政、中東・アフリカから押し寄せる移民・難民問題で窮地に立たされ支持率も減ってきた中での今回の結果と言えるでしょう。彼女の生来の性格である「規則重視」「頑固さ」と、政治経験によって身についた「社会的変化に適応する柔軟性」をもってしても、近年の難題「移民・難民に対する国民の危機感」VS「労働人口の不足」という相反する問題と折り合いをつけるのは困難だったようです。
この問題が選挙の敗北の主要因であると目されていますが、人種差別政策で過去に悲劇をもたらした「ヒトラーの悪夢」の再燃を阻止すべく奮闘してきた国家元首も、時勢の寄る波には勝てなかったようです。首相として残された任期の中で、この究極の問題を抱えながらいかに舵を取っていくのか、同様の問題が間近に迫る日本としても今後の手腕を見守りたいものです。
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エリカ・ド・ラ・シャルモント

エリカ・ド・ラ・シャルモント

フランス、パリ在住。 公職における本職の他、サイドビジネスとして翻訳・通訳・コーディネーター・ライター、 またフランスで不動産業を手掛け、フランスの雑誌編集にも携わっています。
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