パウエル議長の基本的なスタンスとは
FRBのパウエル議長の基本的なスタンスは、FOMC後の記者会見のたびに述べられています。パウエル議長は5月のFOMC後の記者会見では、「現時点では利上げ、利下げのどちらかに動く強い必然性は見られない」とトランプ政権が要求する利下げを否定したうえで、「短期的な政治の動きを考慮に入れることはない」と中央銀行の独立性を強調しています。
ところがその時に、彼は近い将来FRBが利下げに追い込まれるような発言もしています。「物価の下振れは一時的なものであり、雇用の拡大によって物価上昇率は2%に戻るだろう」と強調したうえで、「物価上昇率が2%を下回り続けるようなことがあれば、金融政策の面で考慮するだろう」と突っ込んだ発言をしたのです。
物価が経済の体温計とは本当か?
このような拙速な発言に至ったのは、パウエル議長が「米国の雇用拡大が続き、賃金はさらに上昇する」と見ているからです。経済学の常識では、物価が経済の体温計として機能していると未だに認識されているのです。
そのため各国の金融政策では、経済がインフレで過熱しているときに引き締めでブレーキをかけ、経済が低インフレやデフレで冷めているときに緩和で刺激するという手法が採用されています。中央銀行が適切に金融政策を実行すれば、物価の安定が実現し、経済も安定すると考えられているというわけです。
その結果として、1990年代以降、世界の中央銀行がインフレ目標政策を中心に理論の実践をしてきています。
今や経済の常識は破綻している
私は「物価が経済の体温計として機能したのは、第2次大戦後~2000年前後までである」と考えている(もちろん、理論的に実証はされていませんが)ので、パウエル議長の伝統的な考え方は2019年~2020年のうちに破綻するだろうと思っております。
2000年代の先進国では、完全雇用といわれる水準になっても物価上昇率が高まらない傾向が強まっているからです。インフレの優等生とされてきた米国でさえ、景気拡大期の過去10年のあいだの物価上昇率は目標値の2%をほとんど下回ってきたのです。
日銀の黒田総裁も「雇用がひっ迫すれば、賃金は上がるはずだ」という経済学の常識に基づいた判断を繰り返していますが、これだけ人手不足が深刻化しているにもかかわらず、物価上昇率は日銀の目標値2%に遠く及ばない状況が6年も続いています。
そろそろ現実を直視して、これまでのインフレ目標政策が誤りであったと認める必要があるのではないでしょうか。
FRBは年内に利下げに追い込まれる
米国や欧州では生活苦からポピュリズムに走る民衆が増加している一方で、日本でも景気回復を実感していない人々が9割近くに上っています。中央銀行のインフレ目標政策は信用できない理論といわざるをえない、そういう状況にあるといえそうです。
パウエル議長の「物価上昇率が2%を下回り続けるようなことがあれば、金融政策の面で考慮するだろう」という発言が決して見逃せないのは、米国の物価上昇率が6カ月連続で目標の2%を下回っている現状に加えて、私は今後も2%を恒常的に上回ることはない(単月では上回ることがあるかもしれませんが)と予想しているからです。
おまけに、FRBが重視する個人消費支出における物価指数の上昇率は、直近は1.5%前後で推移しています。そういった意味では、私はパウエル議長の発言はFRBが利下げに追い込まれる根拠になるのではないかと見ております。
たしかに、中国の輸出品への関税を引き上げた(これから引き上げる分も含めて)ことで、多少は物価上昇に作用するでしょう。しかし、パウエル議長の認識とは異なり、2019年の半ばを過ぎても2%の物価上昇率が達成できない場合、FRBは利下げの判断を迫られることになるでしょう。